2023.03.14

大学進学を機に淡路島へ移住し
卒業後に独立就農。
過疎地の未来を切り拓く

伊東蒼梧さん/あわじ恵農園
農園所在地:兵庫県南あわじ市
就農年数:3年目 2021年就農
生産:水稲、タマネギ、キャベツ、サツマイモ、白菜など

大学時代、過疎地の獣害対策をきっかけに出会った農業

2021年に南あわじ市で独立就農した伊東蒼梧さんは、現在25歳。大学卒業後、同級生が企業などに就職していくなか、伊東さんは新卒で農家になる道を選んだ。勇気のある決断に思えるが、伊東さんはどのような経緯で就農に至ったのだろうか?

伊東さんは大阪府に生まれ育ち、大学進学を機に淡路島へ移り住んだ。農業高校の畜産科に通っていたが、個人的に大好きだったのは「釣り」。淡路島の大学なら、釣りの延長上にある水産の分野も何か体験できるかもしれないと考えた。加えて、淡路島の持つ南国の島のようなイメージに憧れもあったという。

「淡路島なら、きっと楽しいキャンパスライフが送れるに違いない」。そんな若者らしい期待もあり、吉備国際大学地域創生農学部へと進んだ。

入学してほどなく、獣害が特に深刻な八木馬回という地区において、暗視カメラを設置してシカやイノシシの調査を行ったり、柵をめぐらせて獣害を防ぐ作業を手伝ったりするプロジェクトが立ち上がり、参加学生の募集があった。この地区は過疎地で空き家も多く、プロジェクトに参加する学生はその空き家に住んで、獣害対策や農作業の手伝いをする。淡路島の自然を満喫する暮らしがしたかった伊東さんは、このプロジェクトに応募。これをきっかけに、現在も住まいと農場を構えている八木馬回地区に入ることになった。

空き家には伊東さんのほかに4回生の先輩2人が住むことになり、3人での農村暮らしがスタート。獣害対策の調査や作業を進める傍ら、同地区の耕作放棄地の草刈りなどの管理をアルバイトとして行い、そのうち、耕作放棄地の一部を使って米作りにも挑戦することになった。近所の農家がトラクターを貸してくれて、操作の仕方や田んぼの水の管理の仕方なども一通り教えてくれたものの、「大学生3人ではお互いに他力本願になってしまい、その年の田んぼは雑草だらけ。米の収穫量もほんのわずかでした」と伊東さん。これが初めて自分たちの手で米を作った体験と成果だった。

翌年になると、一緒に住んでいた4回生の2人は大学を卒業し、空き家には伊東さんひとりになった。「頼る仲間がいなくなったことで、より責任を持って米作りに臨むようになりました。そうしたら、2年目はちゃんとお米が作れたんです。すると今度は、せっかく淡路島にいることだし、タマネギが作りたくなりました。地域の方に、他にも土地があるから使っていいと言っていただき、トラクターも貸していただいて、タマネギやキャベツ、白菜なども作れるようになっていきました。そうしているうちに気がついたら4回生になっていた、という感じです」

同級生が就職活動にいそしむなかで、伊東さんも卒業後の進路を考えていた時、市役所の職員をしている同じ地区の方が、農林水産省が行っている「人・農地プラン」を紹介してくれた。2012年に開始された「人・農地プラン」とは、高齢化や農業の担い手不足が懸念されるなか、地域での話し合いに基づき、農地の集約化や5年後・10年後の地域農業において中心的な役割を担う者の確保を行い、地域の農業を持続していくことを目的として作成されたもので、2021年時点で1,400を超える市町村が実施している。伊東さんはこれに参画し、4回生の前半には10年後の地域プランを描いて市役所に提出。卒業と同時に、新規就農者として年間150万円の助成金を受け取りながら、独立・営農することになったのだ。

「学生時代に農作業をしていた時は “農家になろう”という気持ちではなく、淡路島らしい自然の中で学生生活を楽しみたいという感じでやっていました。でも、途中からそうではなくなってきて、“次はこうしてみよう、次はこんなものを作りたい”という気持ちがどんどん湧いてくるようになりました。就農3年目とは言うものの、本当はもう5年ぐらい農業をしています」

米とタマネギの二毛作、多品種の淡路野菜は都市部の無人販売所へ

現在、伊東さんは同じ集落内の別の空き家に引っ越し、淡路島内に就職した元同級生と、大学3回生ひとりの3人でシェアハウス暮らしを楽しんでいる。高校まで過ごした大阪よりも、今や淡路島の方が「地元感」があるという。

伊東さんの農場は現在約2ヘクタールで、春から秋にかけては水田として米作りを行い、稲刈りが終わった後は、秋〜春にかけて同じ土地にタマネギを植えて育てる。聞けば、これが淡路島ではスタンダードな農法だという。

「淡路島には、いわゆる畑はあまりないんです。地元の人は『お米を作らな、タマネギもうまいこと行かへん』と言っています。タマネギ収穫後に水田にすることで土壌中の病原菌を殺すなど、連作障害を起こさないような知恵があるのだと思います。

僕は飼料用の米を生産していて、それを8月に刈り取った後、タマネギの他に、加工用キャベツを植えて1月〜3月に収穫しています。このようにすると限られた面積の農地でもうまく回していくことができます。農家さんによっては稲刈りの後に白菜を植えて、その後にキャベツ、というふうに三毛作する方もいらっしゃいますよ」

伊東さんは借りている農地のうち1.5ヘクタールでタマネギやキャベツを生産し、残りの50アールで多品種の野菜を少量ずつ栽培している。収穫物は週に一度車に積んで明石大橋を渡り、姫路市に母親と協働して開設している無人販売所や、なじみのマルシェへ運んで直売している。最近は、母親が生ゴミから作った発酵堆肥を持ち帰り、農場の土に与える「循環型農業」にもチャレンジし始めた。都会のお客様に「淡路野菜」の価値をより高めて届けるための試みだ。

「淡路島では、タマネギなどを大規模に生産してJAに出荷している農家さんが多く、それ以外の野菜を営利目的で作っている農家は少ないんです。タマネギやキャベツの作り方は何年かやって分かってきたので、僕はいろいろな野菜を栽培してみたい。YouTubeで作ったことのない野菜の栽培方法を見て、自分なりにやってみるのが楽しいです」

無人販売所

 若干25歳でありながら、5年間に及ぶ農業経験を持つ伊東さんに、農業の面白みと大変さを伺った。

「やっぱりきれいな野菜ができてきた時の満足感は大きいし、うれしいですね。それから、次はこんなのを作ろうと作付の計画をするのも楽しいです。他の人があまり作っていない作物にも挑戦したいと思っています。

一方で、その作付を実際に畑でやろうとすると、作業は体力的にも大変です。僕ひとりなので管理が行き届かないこともあり、失敗することもあります。あとは天候。うまく成長していても、台風などが来ると一気にダメになることもあります。今年の加工用キャベツは台風で1割ほどの苗が飛ばされてしまいました。収入の減少につながりますから悔しいです。学生の時は、農業は学生生活を楽しむためのものでしたが、今は生業ですから、より真剣に取り組んでいます。でも、地域の農家の先輩方に、『農家なんか1年で見たらあかん、10年ぐらいで見なあかん』などと応援の言葉を掛けてもらうことが励みになっています」

今後は販売や加工品にも注力、地域農業の担い手になる

伊東さんに今後の目標や展望を伺ってみると、農家として、また過疎地で生きる次世代としての力強い言葉が返ってきた。

「栽培することももちろん楽しいけれど、都市部で僕の野菜が売れるようになって来たので、販売の方を頑張りたい。インターネットでの販売なども試してみましたが競争も多いので、僕には無人販売所が合っていると思います。軌道に乗ってきている姫路に加え、故郷の大阪でもできたらいいし、飲食店との取引も開拓していきたいです。あとは加工品の開発。昨年、作ったサツマイモを焼き芋にしたら評判が良かったので積極的に展開していきたい。ひとりでは限界があるので、周りの人を巻き込みながらやっていきたいですね。

僕が住んでいる地域は、今はまだ約30世帯が生活していますが、40年後には10世帯程度まで減ってしまう可能性があります。そんな中で地域の人にはとても可愛がっていただき、集落の話し合いにも呼んでくれるなど、期待されているのを感じます。農業を始めるにあたって、こうした過疎地に入って必要とされる方がやりやすいのではないかと思います」

25歳でありながら、伊東さんにはすでに農家としての自信や、より良い未来へ進み続けていこうとする持続性の高い意欲が漲っている。伊東さんのようなひとりの若者の輝きが、地域や農業の明日を確実に変えていく尊い力なのだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「どこで就農するにしても、周囲との関係が最も大切。やはり応援してもらえる行動をしなくてはなりません。新規就農者が多くて農地が空いていないような地域に入ると、いくら人が良くても煙たがられる場合もあると思います。それよりは、高齢化や過疎化が課題となっている地域に入り担い手になっていく方が、自分自身もやりやすいですし、地域のためにもなるのではないかと思います」