2024.11.13

20代、単身移住してきゅうり農家へ。
農業の未来に好循環を生み出すために
日本一の収穫量を目指す

菅谷勇太さん/ぐんぐんファーム
農園所在地:群馬県館林市
就農年数:2年目 2023年就農
生産:きゅうり

独立2年目で急成長中の若き経営者

関東圏指折りのきゅうり産地である群馬県館林市で農場を営む菅谷さんは、26歳。2023年2月に独立し、創業2年目を迎えた現在、菅谷さんのハウスはスタート時の8アールから53アールにまで拡大、売上も右肩上がりに成長している。年間を通じて出荷できるように栽培し、パートさんを9名雇ってマネジメントや利益還元にも心を配りつつ、自身も大好きな現場に出ることをやめない若き経営者だ。

そんな菅谷さんの農業への思いと戦略、壁の乗り越え方、これからの目標や新規就農者にとって最も大切なことなどを伺った。

きゅうり栽培が面白すぎる。ただし就農先選びは慎重に

菅谷さんは周囲に農家もない東京都八王子市で生まれ育ったにもかかわらず、小学3年生の時になぜか「将来の夢は農業」と書いていたという。それから時を経て具体的に農業に触れるきっかけを探していた時、岩手県に2年制の農業大学校があると知り進学。野菜づくりを専攻しつつ、果樹や花、畜産など農業全般を知っていく中で、作物を育てる喜びはもちろん、農業には自分のやり方次第で無限の選択肢と可能性があることを実感した。

中でも菅谷さんがのめり込んだのが、きゅうり栽培。理由は、成長の早さだ。最盛期には1日で10cm程も伸びることもあるきゅうりは、今日やったことの成果が翌日には表れる。大学校1年生でその楽しさに気づいた菅谷さんは、2年生の時にはきゅうり農家になることを決め、就農準備を開始。きゅうり生産量の都道府県ランキングなどを調べ、上位の産地へ実際に赴き、ネットカフェに寝泊まりしながら農家やJA、普及センターなど、いろいろな人に話を聞き、就農先を検討していった。

「農家になるハードルは高いと感じていました。それはなぜかと言うと、収入の厳しさです。やはり生活していくことを考えると、どこで就農するかは非常に重要。ちゃんと収支が回って経営が成り立つ産地を選ぶ必要があります。農業は土地に根ざした産業なので、一度投資すると簡単に場所を変えたり、やめたりできませんから」

リサーチの結果、気候が温暖できゅうりの二期作ができ、首都圏出荷の物流面でも恵まれた館林市が有力候補に。さらに、この地域で向上心を持ってきゅうり生産に取り組む有志農家のコミュニティ「節なり会」や、目指す農業のモデルとなるような大きな収穫量を上げている師匠に出会えたこと、作業場付きの師匠の空き家を借りられたことが、移住・就農の決め手となった。

眠れないほどのプレッシャーをどうやって乗り越える?

師匠の下での2年間の研修を経て、独立にあたってはJAもハウスの確保に尽力してくれたもののなかなか見つからず、最終的には師匠が取り壊そうと考えていた築50年越えの古いハウスを譲り受ける形で開業した。このハウスは研修期間中に菅谷さん自身が担当していたので、作付けも慣れており幸運だったと言う。

ところが独立1年目、菅谷さんはいきなり最大のピンチに見舞われる。植え付けした苗を、一度の管理ミスでほぼ全て枯らしてしまったのだ。

「初出荷はたったの一箱。失敗すると本当に収入がゼロになる厳しい世界です。そういうリスクを感じながら作業に追われる日々の中、お金は出ていく一方で、一時は眠れなくなるほどのプレッシャーでした」

創業時には農業次世代人材投資資金も申請し、ハウス修繕のために借りた1000万円の他に、予備の運転資金が150万円、貯金が200万円ほどあったが、みるみる底をついた。このプレッシャーを菅谷さんはどうやって乗り越えたのだろうか?

「少しずつ出荷量が増えてくると、入ってくるお金も増えてきて、経済的にも楽になっていきました。そうすると、“これでなんとかやっていけそうだ”という自信も出てきた。一生懸命世話をすれば、きゅうりも応えてくれて、収穫量が増えるのを感じたことも励みになりました。農業で最後に頼れるのは、結局は栽培技術だと思います。販売も大事ですが、まずちゃんと栽培できないとその先はない。目の前にある作物に向き合い、とにかく一つでも良くしよう、一個でも多く採ろうと集中すること。僕の場合は師匠の下で、頭で考えなくても手が動くくらいに技術や作業を体得できたことが良かった。1年目は特に考えることにリソースを割けないので、研修期間に何を習得したいのかをしっかり相談して、日々の作業に習熟しておくことが重要だと思います」

 また、菅谷さんは相談できる仲間の重要性も強調する。

「ちょっとしたことでも相談できる人を、1人ではなく、できる限り多くつくっていくことも大事。僕は幸い、聞ける先輩や仲間が周りにたくさんいました。実際に相談してみると、サクッと解決することも多いですしね」

節なり会で教わった工夫を、すぐに自分の農場で試す。きゅうりは成長が早いため、作業の結果は翌日には反映される。この迅速なフィードバックを基にPDCAをぐんぐん回し、日々改善を繰り返すことで技術を磨き、収穫量を上げ、菅谷さんは就農1年目にして約2000万円の売上を達成することができた。ハウス面積も拡大した2年目の今年は、3500万円ほどは見込めそうだという。

農場の拡大とマネジメントの心得

8アールでスタートした菅谷さんの農場は、雹(ひょう)被害に遭った80代の農家の方から、修繕が必要な状態ではあるものの15アールのハウスを借り受け、さらに今年、離農する近隣農家から30アールのハウスを追加して、2年弱で5倍以上に拡大している。すでに一人では運営できない規模になり、早々にパートスタッフと一緒に成果を上げていく段階に入った。

菅谷さんにとって新たな課題となったのが、パートのマネジメントだ。何十年も農業に携わってきたベテランもいれば、素人に近い人もいる。全員が同じモチベーションやペースで働けるわけではない。

「どう教えればいいかというのが僕の仕事のメインになって来ていますね。いい意味で“期待しすぎない”ことが大事だと思っています。それから“平常心”。あとは実力主義で、やっぱり倍ぐらい働いてくれるのに時給が同じというのはおかしいから、できる人はどんどん時給が上がっていくようにしています」

農業はどこまで行っても肉体労働、と菅谷さんは言う。高温多湿のハウスで、空調服を支給して休憩も自由に取っていいとしていても、体力的に耐え切れない人もいる。そんな過酷な環境だからこそ、菅谷さんは誰よりもいちばん作業に励む。今年は1日たりともきゅうりを切らない日はないほど忙しい。

「自分が稼いでないのに、パートさんが稼げる環境をつくれるわけがないと思っています。そうやって皆で稼いで、利益が出たら還元していく。今年はきゅうりの単価が良いので、夏に少しですがボーナスを出したんです。そしたら皆さんすごく喜んでくれた。うちに来てくれるパートさんだけでも、他の業種に負けないぐらいの賃金をあげたいというのが目標の一つです」

26歳にしてすでに、菅谷さんは立派な経営者に成長しつつある。

農業の好循環を生み出すために

農業を始める前と現在とで大きく変わったことの一つが、金銭感覚だと菅谷さん。1本30円のきゅうりを積み上げていって売上をつくり、それで必要な経費や税金、賃金、自身の生活費も賄わなくてはならない。さらに、ここ何年かで資材は倍近くに高騰しており、新築のハウスを建てても回収の見込みが無い。菅谷さんは幸いにも地域とのつながりから、使わなくなったハウスを譲り受け、修繕することで農場を拡大できている。

また、きゅうりの二期作の定植は一般的には1月頃と8月頃の年2回だが、菅谷さんはこれに加えて、2ヶ月おきくらいに定植を行い、年間通じて収穫量の拡大を行っている。「稼げる農業」を目指す菅谷さんの金銭感覚は就農前よりシビアになったが、一方で「お金のために農業をしているのではない」ときっぱりと言い切る。

「農業は、世界的にも環境負荷の大きい産業なんです。巨大なプランテーションによる熱帯雨林の破壊などがその例。僕もなるべく使うエネルギーを電気にしたり、働く人が快適でいられるように環境を整えたりしたいと思っていますが、そういうものも結局はお金がないと改善していけない。ただ稼ぎたいわけではなくて、農業をより良くしていくためにはやっぱりお金が必要だと考えているんです」

 売上1億円も視野に、国内最大のきゅうり生産量を目指す

だからこそ菅谷さんはあくなき向上心で、1本でも多くきゅうりを栽培し出荷することを追求している。来年は53アールの農場をフル稼働できるようにハウスを修繕し、その先はさらに拡大して国内最高の生産量を目指すつもりだ。

「現在、国内で最も生産量が多いきゅうり農家は55トン、試験場レベルでは60トンが最高。これを超えられる規模と技術を獲得したい。そうすると自ずと売上は1億の大台も見えてくると思います。そこを目標にしているわけではないんですけどね」

そう言う菅谷さんに、ではなぜ農業をやっているのですか?と尋ねると、

「やっぱり楽しいからです」

と明快な答えが返ってきた。農業大学校で初めて出会った、作物が育ち成長していくのを見る喜びが、菅谷さんの中に今も鮮やかに生きている。

「今のきゅうり農場が完全に軌道に乗り、人に任せられるようになれば、僕は新たな作物を探求することができる。ずっと現場にいたいので、そのためにも今、経営者的な仕事を頑張っていると思っています。誰もやっていないような作物に挑戦して、こいつは何を考えているんだろうな?と対話しながら育てていくのが楽しみです。将来は甘い作物など、味の追求ができるものもやってみたい」

菅谷さんの農業の探求とPDCAは、果てしなく続いていきそうだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「新規就農にあたっていちばん大事なのは、やはり“やる気”ではないでしょうか。僕もそれだけでここまで来ました。農業にこの人生を賭けるんだという気持ちがあれば、生活できるぐらいにはなれる。何かあったら、プライドを捨てて誰かに頭を下げて教えてもらう。そうすれば大抵の人は応援してくれます。僕も就農前に周りの人に止められたこともありますが、それでやめるくらいの気持ちならそれまで。逆にやる気さえあれば、けっこう行けますよ」

 

「After 5 オンライン就農セミナー」にて、菅谷さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください。