2024.12.02
障がい者と共に目指す未来。
農福連携と綿密な事業計画で
農業起点の活力ある地域づくり
万壽本佳明さん・絵理香さん/壽ファーム
農園所在地:兵庫県太子町
就農年数:4年目 2021年就農
生産:白ネギ
30代でUターン、夫婦で新規就農にチャレンジ
兵庫県太子町で、関西圏では珍しい「白ネギ」に特化した生産を行っている万壽本(まんじゅもと)さん夫妻。佳明さんは31歳の時、Uターン就農した。今年で4年目を迎える現在、元は耕作放棄地だった約1.3ヘクタールの農地で、農薬や化学肥料を極力抑えて白ネギを栽培。地域の障がい者施設と連携して袋詰めし、西日本に数百店舗を持つスーパーマーケットの仲卸業者や地元の量販店などに卸している。最近では取引先から生産量をもっと増やしてほしいと依頼が来るほど経営も堅調だ。
新規就農で安定した収入を得ていくには、事前の事業計画とPDCAサイクルが重要だという佳明さん。妻の絵理香さんと共に農福連携による営農にも強い想いを持って取り組んでいる。30代で新たなチャレンジへ飛び込んだお二人に、就農の経緯や事業計画のポイント、農福連携の理由、将来実現したい夢などを伺った。
起業を志すもコロナ禍で頓挫、農業で再起
神奈川県で総合電機メーカーに勤務していた佳明さんは、昔から独立志向があったという。青春時代は野球に打ち込んできたこともあり、30代に差し掛かる頃、スポーツ選手のマネジメントをする事業で独立しようと会社を退職。ところが、ちょうどコロナ禍が蔓延し、スポーツ関連のイベントなどは軒並み中止。生まれ育った地元へ戻り、心機一転頑張ろうと帰郷することを決断。
ピンチに追い込まれたように見えるこの状況の中で、佳明さんは転職活動も行う傍らで、兼業農家をしていた祖父母の畑の手伝いを始めた。それをきっかけに農業に楽しさと可能性を感じ、農業での事業計画を自分なりにつくってみたのがこの道に進んだきっかけだそう。
「兵庫県楽農生活センターという施設に1年間通いながら農業を勉強しつつ、いろいろな農家さんに、新規就農するならどんな作物がいいかヒアリングしました。当初は小松菜やほうれん草などの葉物野菜かイチゴの栽培で就農を考えていましたが、イチゴは近年、高設栽培という施設内で環境制御を導入する栽培法が主流。野球部だった僕は太陽を浴びて土いじりをする方が性に合っていると思い、露地栽培の方を選びました」
安定した収入を得られる農家を目指して事業計画を作成
事業計画は、どんなことをポイントに作成したのだろうか?
「まずはいろいろな数字を洗い出すことから始めました。大田市場や地元市場での取引価格を調べ、厳しい時の価格を基準にして売上高を予測。祖父母の畑で栽培してみた面積、作業時間、栽培コスト、収穫量などの数字を元に、これだけ収穫できればこれくらいの売上が見込める、という試算をして。作業時間については家族に協力してもらい、ストップウォッチを使って計測しました」
事業計画の作成には、前職の会社で受けた経営に関する研修が思った以上に役立ったという。また、一旦は葉物野菜で計画したものの、最終的には白ネギを主力にすることに決めた。その理由にも、佳明さんの先を見据えた冷静な判断がある。
「地方では、これからますます人手の確保が難しくなっていきますし、確保できたとしても人件費は上がっていきます。その中で規模を大きくし、利益を上げていくには、できるだけ機械化しやすい作物を選ぶ必要があると思いました。白ネギは全工程が機械化できる上に、元々は東日本の食文化なので、関西圏で白ネギを栽培している農家が少ないという特徴があります。兵庫県では競合がほぼいないのでいけると踏みました」
農地は役場の助けを借りて。販売先は妻の飛び込み営業
祖父母は兼業農家だったといっても、農地を保有していたわけではなかったので、就農にあたっては圃場の確保が必要だった佳明さん。祖父母の家の周辺に広がっていた休耕田をなんとか活用できないものかと役場に相談。役場職員と共に休耕田の持ち主を調べ、地域の農区長の所へ一緒に相談に行き、農地を借りることができた。初めは5反ほどだったが、周りの離農した耕作放棄地の持ち主からも「草刈りが大変だからうちのも使ってほしい」との声が上がり、程なく約1.3ヘクタールに増えた。
年間生産量にして約10トンに及ぶ白ネギは、地元の給食センターの他、西日本に多くの店舗を展開するスーパーマーケットの仲卸業者に出荷している。給食センターは役場の紹介でつながり、スーパーの仲卸業者は、なんと絵理香さんの飛び込み営業で開拓したそうだ。
「妻があるスーパーの野菜売り場に行き、『私たちのネギを取り扱ってください』と営業をかけたんです。すると、仲卸業者さんを紹介してくれました。そのスーパーは姫路市内に1店舗しかありませんが、仲卸業者さんが別のスーパーに卸す提案をしてくれました」
生産量のほぼ全てがこれらの取引先ではけてしまうが、スーパーの規格から外れるような細いネギなどは、無人販売の他、地域内の量販店などにも卸しているそう。
「生産物のロスを防ぐためにそうしていますが、今は限られた人員でやっているので、規格外のネギを配達している時間が別の仕事のロスになっている側面もあります。どうするのが最も効率がいいか、全体を見ながら改善していく必要があると思っています」
と佳明さん。自分の立てた事業計画と実際の動き・成果を見比べながら日々調整を行い、PDCAを回していくのが、万壽本さん夫妻の大事にしているやり方だ。
「白ネギをもっと卸してほしいと言われているので、栽培面積を増やさなくてはという方向性ではあるのですが、そうすると人が足りなくなってくるので、いかに機械化していくか、そして僕や妻を含め、限られた人員をどう配置していくか、マネジメントは重要な課題ですね」
白ネギは機械化しやすい一方で、機械化のためには設備投資の費用がかかる。万壽本さん夫妻は新規就農当初、トラクターなど必要最小限の設備は中古品や周囲から譲り受けたものでスタートし、新しく必要になった機械などは次世代農業人材投資資金や兵庫県独自の補助金などを活用してやり繰りしているそうだ。マネジメントと共に、今後は設備投資や資金繰りも、夫婦間でよく相談しながら進めていきたいと言う。
障がい者の大きな可能性を感じて。農福連携へのこだわり
壽ファームでは開業時から地域の障がい者施設と連携し、白ネギの袋詰め作業を委託している。就農前から農福連携を考えていたという万壽本さん夫妻。前職の人事部で障がい者雇用に携わり、大きな可能性に気づかされたそうだ。
「障がい者の皆さんは、僕らと同じ働き手であるという意識で、労働意欲も持っていますし、仕事の内容によっては一般の人以上に高い能力を持っている方もいて、感銘を受けました。独立したら、こうした方々が活躍できる職場にしたいとずっと考えていて、農業で何かできることがあるんじゃないかと調べる過程で“農福連携”という言葉に出会いました。例えば白ネギの袋詰めなどの単一の作業に関しては、同じ時間で僕らの1.5倍くらいの仕事ができる能力があるんです」
現在、施設や支援員とのコミュニケーションと作業所で働く障がい者のマネジメントを一手に担っている絵理香さんは、就農前は保育士や病院での病児保育の仕事をしていた経験があり、農福連携には人一倍の想いがある。
「もし私の子どもが障がいを持って生まれたとしたら、親ならどうしてあげたいかな? その子はどうしてほしいと思っているかな? という目線でいつも考えています。一人の人間として同等に接して、その人のやりたいことをオペレーションの中でどうやったら引き出してあげることができるか、私たちも一緒に働きながら学ばせていただいています」
夫婦揃って農福連携を大切にしたいという気持ちがあるからこそ、出荷先にできるだけ近い施設を選んで連携し、袋詰めから納品までの効率性を高めるなど、継続しやすくする工夫も行なっている。
将来は農業者を増やし、自分たちで福祉施設を立ち上げたい
お二人に農業の喜びと今後の展望を伺うと、
「僕たちが感じている農業の喜びの一つは、地域や人との関わりだと思います。農地を守るためには地域の人にも協力していただく必要がありますし、子どもや障がい者を含めたいろいろな福祉関係の方と一緒に取り組めることが僕らの農業の魅力でもあります。今後は従業員を雇いつつ、その方がもし独立したいのであれば後押しして農業を活発にしたい。農福連携にももっと力を入れたいので、いずれは僕ら自身が福祉施設を立ち上げていくことも考えています」と佳明さん。
絵理香さん、はこんなふうに語ってくれた。
「作業所で働く方の親御さんが、農業に携わってから子どもが変わったとおっしゃるんです。今までは夜眠るのに苦労していたけど、農業を始めてから毎朝一定の時間に起きて、生活リズムがつくれるようになったと。そして土を触ることでイキイキし始めたそうです。そういう言葉をいただくと、やっていて良かったと思いますし、もっと広げていきたいと思います。いろいろな人と一緒に幸せになりながら進んでいける職業だと肌で感じています」
壽ファームの中で畑と福祉施設が融合し、多様な人々が一緒に農業を通じて幸せを実感できる日は、きっと遠くない。地域と農業と福祉の連携がもたらす活気あふれるコミュニティの未来像と万壽本さん夫妻の歩みを、多くの関係者が希望と共に応援しているはずだ。
就農を考えている人へのメッセージ
「農業は厳しい業種の一つだと思います。市場の波もあるので、安易に手を出してしまうと失敗するリスクもあると思います。ですから、まず計画を立てて、その通りにやれるかどうかを就農前にチャレンジした方がいい。そこから規模を大きくするのか、面積あたりの収穫量を上げていくのか、試行錯誤しながら考えていく。失敗すると心折れそうになることもありますが、そんな時こそ自分の計画に立ち戻り、振り返って改善点を考え、計画を見直し、またアクションしていく。そうやってPDCAを回していけば突破できると思います。そこで自分がぶれず、同時にお金の管理をしっかり行えば、継続的な経営ができていくのではないかと思います」
「After 5 オンライン就農セミナー」にて、万壽本さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください。