2024.12.09

海上自衛官から農業経営者に転身。
食育と農福連携を目指して新たな挑戦

平岡誠さん/株式会社デナリファーム
農園所在地:山口県岩国市
就農年数:5年目 2020年就農
生産:イチゴ、サツマイモ

海上自衛官から農業経営者に転身

瀬戸内海に臨む山口県岩国市。同市で農業生産法人を営む平岡誠さんは愛媛県の出身で、前職は海上自衛官。同郷の友人で同じ自衛官として働いていた野間佑平さんと共に2019年に会社を立ち上げた。イチゴとサツマイモの生産・販売を手掛けるデナリファームでは、販売と経営を平岡さん、栽培管理を野間さんが担当し、19人のスタッフとともに農業を行っている。平岡さんに就農に至った経緯や農業経営について話を聞いた。

「岩国市は海上自衛官としての最後の赴任地で、家族にとっても住み慣れた場所でした。元々アウトドアが好きで、いつも自然をフィールドにして遊んでいました。農業に興味を持ったのは、そんな自然の中での仕事に憧れがあったからです。そうはいっても、公務員の身では副業ができず、たとえ自衛官を辞めて就農したとしても農業で食べていける確信はありませんでした。でも、全国には農業で生計を立てて暮らしている人もいる。自分の子どもたちに夢をかなえる大切さを伝える意味でも、最初から諦めずに、できる方法を考えて挑戦してみたいと就農を決めました」

平岡さんは友人の野間さんに声を掛け、共同で農業法人を立ち上げることに。栽培品目にイチゴとサツマイモを選んだのにはいくつかの理由がある。一番大きな理由は、リスクヘッジのため。施設栽培と露地栽培の作物を組み合わせることで、自然災害や資材高騰などのリスクを分散させようと考えたのだ。さらに二人が取り組みたいと考えていた食育や農福連携を考えた際に、子どもに人気のあるイチゴと比較的扱いやすいサツマイモが適当に思えた。また、気候条件や市場も考慮して、「これならいける」と考えた。

 就農前と就農後で一番苦労したこと

農業の技術を覚えるために、2017年から農業塾などでの研修を受けた。しかし、それだけでは農業で食べていくための術が身に付かないと感じ、先輩農家や農業法人にも連絡を取り、直接栽培のノウハウを教えてもらったという。

就農に至るまでに苦労したのは、農地探し。市内に空いた農地はたくさんあるものの、「知らない人には貸せない」といった理由で農地探しは難航。ようやく平岡さんの自宅から車で30分の場所に、ハウス付きの23アールの農地を借りられることに。そこからさらに車で1時間半の距離に、サツマイモ栽培用の1ヘクタールの農地を借りた。就農してからも一筋縄ではいかない。一番苦労したのは、取れた野菜の売り先だという。

「1年目は、まだ手元に商品がない状態での営業です。そのため、『物ができてから来て』と言われて、なかなかバイヤーに話を聞いてもらえません。それでもあきらめず何度か通ううちに、取引に応じてくれる会社が見つかりました。現在では50以上の取引先がありますが、いまでも営業活動は続けています。一つの取引先に販売すれば手間はかかりませんが、依存度が高くなると、取引が止まった時のリスクも高くなります。なので、リスクヘッジの意味で、複数の取引先を確保するようにしています」

 B to Bに特化した理由とは?

デナリファームの取引先は全て企業。平岡さんは当初からB to Bに特化しようと考えていた。その理由は、販売業務や管理業務にかかる時間を少なくするためだ。一般的にB to Cの方が単価は高いが、大勢の消費者を相手に販売するにはかなりの労力が必要になる。事務処理が複雑になり、クレームを受ければ、その対応にも時間が取られる。販売管理に経費を割くよりも、スーパーやコンビニ、デパートなどの事業者向けに販売した方が結果的に収益につながると考えたのだ。

売り方の工夫にも余念がない。例えば、あえて果物用ではない容器に入れて販売してみる。規格外の小さなイチゴをたくさん詰めて、「パーティーパック」として販売する。扱っている作物はイチゴとサツマイモだけだが、売り方や見せ方を変えることで付加価値が高まる。

こうした発想はどこから生まれるのだろうか?

「出張や旅行に行った際に、デパートの食料品売り場をいつも覗くようにしています。果物だけでなく、スイーツやお惣菜などを見ていると、売り方のヒントがあります。例えば、ボリューム、サイズ、容器を変えて販売してみる。そしてテストマーケティングを行って、消費者の反応を見ながら調整していく。また、うちの農園で働くスタッフは主婦が多いので、その意見も取り入れるようにしています」

 DIYで経費を減らして、DXで省力化

経費を抑えるために、できることは自分たちでやるようにしている。例えば、高設キットの施工や整地、排水対策などの作業だ。必要であれば重機免許を取って、プロの意見を聞いたり、ネットで調べたりしながらDIYにチャレンジする。経費を節約する一方で、長期的に見て省力化や効率化につながるものには積極的に設備投資も行っている。他の農園に先駆けて、ビニールハウスの環境制御を自動化するシステムを導入。ハウス内の状態を把握し、取得したデータに基づいて栽培に適した環境に制御するもので、大きな省力化につながる。栽培管理だけでなく、勤怠管理や販売管理にもIT技術を取り入れることで省力化を図っている。

「IT技術を導入できるのは、新規就農の強みだと思います。すでにシステムを確立している会社でやり方を変えるのは難しくても、これから始めるなら最新のものを入れられる。インターネットで調べると、いろいろ便利なシステムが紹介されていますよ」

 目指すは、山口県、中国地方で一番のサツマイモ農園

自衛官から農業経営者へと転身した平岡さん。公務員とは違い、自らお金を稼ぐ厳しさが分かったと語る一方で、やりたいと思ったことを実現できている充足感があり、幸福度は以前よりも上がったという。

「たまにスーパーや直売所で対面販売することもあるのですが、そこでお客さんから『イチゴが苦手なうちの子が、デナリさんのイチゴだけはおいしく食べる』と。一般的に、イチゴは日持ちさせるために未熟な状態で収穫して流通するのですが、うちでは差別化のために完熟のものだけを出荷しています。取引先でも『デナリさんのイチゴが届くとすぐ分かる。香りが違うんだよ』と。そんな言葉をもらうと、農業をやっていて良かったなと実感します。前職でも使命感とやりがいを感じていましたが、農業は小さな単位で結果が見えやすいので、その分充実感があります。うちのスタッフもわきあいあいとやる気をもって取り組んでくれているので、それがうれしいですね」

農業を始めて5年。収穫量の増加とともに売上も増えて、事業は軌道に乗っているが、まだ夢の途中だという。

「目標は、山口県、中国地方で一番のサツマイモ農園になること。そのために、2026年にサツマイモの栽培面積を10倍にするという目標を立てました。すでに農地は決まっていて、準備を進めている段階です。規模を拡大することで雇用を増やして、障がい者の働く場としての農福連携を進めていきたいです。デナリファームと関わる人たち全員が幸せになれるようなサイクルにしていきたいですね」

就農を考えている人へのメッセージ

「目標を持って取り組めば、農業はとても楽しい職業です。大事なのは目標を明確に持つこと。なんとなく自然の中で楽しそうという漠然としたイメージではなく、現実的な部分にも目を向ける必要があります。生活するのに年間で800万円必要な人もいれば、200万円で足りる人もいる。自分がどんな生活をしたくて、そのためにはいくら必要なのかを明確にしましょう。農業はあくまでも幸せになるための手段。目的は楽しい生活や充実した生活の実現だと思うので、手段と目的が逆転しないように、目的を明確にすることが大切です。足元の目標をしっかり見て取り組むことが、農業を続けるコツだと思います」