2025.03.21
「とにかく米が作りたい!」と
飛び込んだ有機穀物の世界。
有機穀物専業で未来へつなぐ、
地域の営みと文化
山口俊樹さん・あきらさん/上州百姓 米達磨
農園所在地:群馬県藤岡市
就農年数:14年目 2011年就農
生産:米、大麦、小麦、大豆
サラリーマンから「食と向き合う生き方」へ転換
群馬県藤岡市にIターンし、農業を営む山口俊樹さん・あきらさん夫妻は、有機栽培で米・大麦・小麦・大豆を生産している有機穀物専業の農家だ。
俊樹さんは、かつて外資系コンサルティング会社に勤務していたが、長時間労働と不摂生な食生活が続き、「この働き方は続けられない」と、違う生き方を模索し始めた。食への関心が高く、母方の実家が農家だったこともあり、農業への転身を決意。特に、日本人が昔から主食としてきた米作りに挑戦したいという強い思いがあった。
会社勤めを辞めて米作りを始めると決め、新・農業人フェアに参加して収集した情報をもとに、群馬県や福井県、茨城県など全国10か所以上の農家や農業法人を訪問。水稲とその裏作である麦の栽培にも適した群馬の地で有機栽培・穀物専業の農家に出会い、2年間の研修を受けて2011年に新規就農を果たした。
一方のあきらさんは、土木技術者として東南アジアなどの開発途上国で洪水や治水対策などインフラ整備の仕事に従事していた。海外のそうした地域に身を置いてみて、生きる土台はやはり「食」であり、農業・一次産業だと改めて強く実感。自らの原点ともいえる日本の食に心のよりどころを見出し、それを伝える活動をしたいと思うようになった。2015年、俊樹さんとの結婚を機に藤岡市へ移住し、以来、夫婦二人で営農している。
米・麦類・大豆を有機栽培する穀物専業農家
現在、山口さん夫妻は有機栽培で7品種のお米(ササニシキ、コシヒカリ、亀の尾、ササシグレ、紅白もち米、プリンセスサリー、和みリゾット米)、大麦、小麦、そして3種の大豆(さといらず、赤大豆、黒大豆)を生産。それぞれの土地にあった作物を栽培することで、消費者の多様なニーズにも応えている。
就農当初、俊樹さんが最初に借りた3ヘクタールほどの農地はまとまっていたが、民家と隣接しており、基盤整備もされていなかった。田畑の形は不揃いで、開水路を流れてくる水は水路に板を入れて水位を上げることで、田んぼに流れ込む仕組みだった。日中は他の農家さんが田んぼに水を入れるため、深水管理でまとまった水が必要な俊樹さんは、田んぼに水を入れるのは夜間から早朝にかけてで、確認作業など深夜に田んぼに出向くことが多かった。有機稲作を実践する中で、深水管理をすることで雑草を抑えられる側面がある。そのため、水不足は一番のリスクであり、そのリスクヘッジをするため、水源が異なる田んぼを借りる重要性を痛感していた。
そこで、市役所の助けも借りながら適地を探し続け、念願叶って2022年には拠点となる農家住宅を手に入れ、水源が異なる基盤整備をした農地を借りることができた。その結果、耕作面積は約10ヘクタールにまで拡大。すべての圃場で有機JAS認証を取得している。
販路は独自に開拓し、インターネットや自宅敷地内に設置した直売所で個人客に販売するほか、飲食店や小売店へ卸し、大豆や麦類は加工業者や個人客に販売している。口コミを通じて販路を広げ、売上は毎年順調に伸びているという。
「穀物栽培は土地利用型農業と言われ、栽培する面積が大きくなる傾向にあり、経営として確立するためには、ある程度の面積が必要です。農作業は僕一人プラスαの労働力で、全部で約10ヘクタールの農地で有機栽培をしています。新規就農して14年目を迎え、北関東有機穀物経営モデルとして、身の丈に合った家族経営の形が整ってきていると感じています」(俊樹さん)
共同経営者として、俊樹さんが主に生産を担当し、あきらさんは企画、販売、商品開発、情報発信、地域とのつながりづくりの活動「田文化交流」事業を担当するなど、明確に役割分担をしているそうだ。
地域社会に根付く種や技術、伝統芸能などを次世代へつなぎたい
品種改良された新しい品種が多く出回る昨今だが、山口夫妻は在来品種と言われる昔ながらの種をつなぐことを大切にしている。
「在来品種は、それぞれ個性があります。育てにくいことが多いですが、そこがまた魅力であると感じています。栽培する人が少ない品種を育てることで、お客様に穀物の新たな魅力や美味しさをお届けでき、差別化にもつながっています。栽培する人がいなければ、種は絶えてしまう。僕たちが栽培することで、種が次の世代に伝わっていく可能性が高まります。種をつなぐために、作り続けます」(俊樹さん)
「上州百姓 米達磨」では、有機穀物の栽培と販売に加え、食と農を基盤にした交流の場を提供する活動も展開。「田文化交流」として、有機大豆を使った味噌作りや豆腐作り、田植え体験会など、子どもからお年寄りまで参加できるイベントを実施し、地域の人々とのつながりを強めながら、食の大切さを伝える場を提供している。
「私たちの世代には、“つなぐ役割”があると思っています。移り住んだ地域には、300年以上続いている獅子舞があります。獅子舞保存会に入会し、地域の方々に交じって篠笛を吹き、地域の祭りと五穀豊穣が深くつながっていることを感じています。伝統芸能も作物の種も、当たり前に受け継がれてきたものが、人口減のなかで担い手は減少傾向にあり、人ひとりが果たす役割の大切さが増していると実感します。だからこそ、より良い形で次の世代へバトンを渡すことを常に考えています。このような想いを農業者だけでなく、地域の皆さんとも共有し、多世代が集える農園にしていきたいです」(あきらさん)
さらに2023年より、農林水産省が推進する「ローカルフードプロジェクト」に参画。このプロジェクトは、地域の食品産業を中心とする多様な事業者が、社会課題の解決という共通の価値観のもと協力し、地域の農林水産物を活用した持続可能なビジネスを生み出す取り組み。本プロジェクト内で地域ブランド「konamon Lab.(コナモンラボ)」を立ち上げ、小麦の流通を促進する仕組みづくりに着手。群馬県の粉食文化に新たな価値を生み出すことを目指し、地域の事業者とともに商品開発に取り組んでいる。
山口夫妻が未来へつなごうとしているものは農業に留まらず、その先にある地域社会、日本の食文化、さらには命の土台となる安心感や“生きる力そのもの”だとも言えそうだ。
農業者の定義を捉え直し、新たな農業との関わり方を
これからの展望について山口夫妻に尋ねると、「さらに地域に根付き、人も育てたい」という答えが返ってきた。
「例えば、地域の未来を考えたときに、大きな組織が一強でこの地域の農業を全て担うシナリオよりも、私たちのような家族経営プラスαくらいの農家が複数ある地域の方が、それぞれの強みを生かして多様な農の在り方を模索できて、地域がより面白くなると思います。地域に多様な人がいるからこそ社会が成り立ち、農地が守られ存続していけるのだと思います」(俊樹さん)
また、二人は新規で有機穀物栽培を始める際に直面する、設備投資の初期費用の大きな負担についても言及。ある程度の規模の稲作を行うためのコンバインなどの大型機械のほか、穀物の乾燥設備や、それをしまっておく建物、直売をする場合は大量の穀物を保管しておく大きな保冷庫などが不可欠だ。
「就農する前も就農した後も、土地、資金、技術、販路と取り組むべき課題は目白押しです。一人で悩まず、ぜひ自治体の支援を活用したり、地域の方々とのつながりを大切に取り組めるといいですね。百聞は一見に如かず。すでに実践している人のもとを実際に訪ね、自分の目で現場を見て情報や経験を得ることをお勧めします」(俊樹さん)
「これからの農業を考えた時、就農のハードルをいかに下げていくかが重要だと感じます。農業者を“農作物をつくる人”と定義してしまうと、生産に専念した方が良いという考えになりがちです。しかし、“将来の地域の担い手”と捉えるなら、会社員や別の事業をしている方でも、農業に関わることは可能です。自分の時間の一部を使って得意分野を活かしながら、生産や販売に関わったり、農業の周りに広がるいろいろな仕事を兼業することで、収入を得ながら地域や農業の存続にも貢献できますよね。その可能性に多くの人が気づいてくれたらと思います」(あきらさん)
「新規就農」という言葉のイメージに囚われすぎず、今いる場所から気軽に農業との関わりを始める方法もある。そんな新たな視野が見えてきた山口夫妻のストーリーだった。
就農を考えている人へのメッセージ
「自分の好きなこと、得意なことを大事にして下さい。また、何のために農業をするのかを考え続けること。それらから導き出される答えが、あなたにしか歩めない道標になるかもしれません」(俊樹さん)
「農業とは、ただ農作物を栽培するだけではありません。農作物を食べる人、その人々が暮らす地域社会、その地域社会が存続していくために必要な地域経済を活性化させる地域に根差した事業であり、それに必要な農地の保全と有効活用の取り組みです。私たちが農業に従事することによって、その先に無数のつながりや未来、可能性を秘めていることも思い描き、あなたらしい農業のあり方を模索してはいかがでしょうか」(あきらさん)
「After 5 オンライン就農セミナー」にて、山口俊樹さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください。