2025.03.24

新潟県へのUターンでイチゴ農家に。
知識・経験ゼロから6次産業化への挑戦

若杉智代子さん/Ichi-Rin 苺禀
農園所在地:新潟県新発田市
就農年数:11年目 2015年就農
生産:イチゴ、加工品

越後平野の北部に位置し、県内有数の米どころとして知られる新潟県新発田(しばた)市。同市でイチゴ農園と加工所兼直売所を営む若杉智代子さんに、就農に至った経緯や農業経営について話を聞いた。

農業を仕事にするつもりはなかった

若杉さんは新発田市の出身。稲作と黒毛和牛の飼育を行う農家に育ち、高校までを同市で過ごした。東京の専門学校への進学をきっかけに故郷を離れたが、2004年にUターン。結婚後は二人の子どもを育てながらパートタイムで働いていた。今でこそパワフルに一人で農園を切り盛りする若杉さんだが、意外にも元々は就農する気はなかったという。では、なぜ農業を始めたのか?

「子どもの頃から父の仕事を近くで見ていました。農業の大変さをよく分かっていたので、仕事の選択肢として考えたことは一度もありませんでした。ある時、父は新潟県のブランドイチゴ『越後姫』のハウス栽培を始めると言い出しました。しかし、その準備をしていた矢先に体調を崩して、イチゴの生産が困難に。ビニールハウスの資材はすでに届いていて、苗も発注済みでした。父からイチゴの栽培を引き継いでくれないかと突然の打診を受けて、悩んだ末に『やるしかない』と覚悟を決めました」

 試行錯誤の1年目、努力が実り品評会で受賞

当時は子育ての真っ最中で、二人の子どもは小学生と保育園児。農業の知識や経験はゼロで、農業研修を受ける間もなく、若杉さんは就農することに。どこから始めたらよいのかも分からず、県の農業普及指導員や市の農林水産課職員などに相談。2015年2月から就農に向けた準備を始め、市に新規就農計画を提出し、4月に新規就農した。就農後もことあるごとに農業普及指導員や先輩農家に質問しながら、手探りで栽培を続ける日々。当時の販売先は農協で、毎日の収穫と出荷に追われていて全体を見る余裕が無かったと、若杉さんは振り返る。悪戦苦闘しながらも周囲の手厚いサポートもあり、初年から新潟県施設園芸研究大会の賞を受賞した。

「やるからにはとことんやる覚悟で農業を始めました。1年目から栽培日誌を付けて、さらに専用の機器でハウス内の環境をモニタリングしました。データの蓄積があることで、翌年に活かせますし、自分なりのやり方ができるようになります。また、栽培のポイントが分かってくると、病気にならない健康な株が育ちます。農薬の散布回数も減らせて、労力やコストを削減できるようになりました」

就農2年目で6次産業化にシフト

なんとか無事に最初の年の収穫作業を終えた若杉さんだが、出荷をしていてあることに気づいたという。

「イチゴの収穫期は、2月から7月頃までの約半年間。収穫期の後半になると、他のフルーツも店頭に並ぶようになり、イチゴの市場価格が下がります。さらに、粒は小さくなり、パック詰めに時間がかかります。つまり、労力が増えて収益は減ってしまうのです。小規模農業のスタイルを変えずに改善できる方法を模索して、6次産業化に行き着きました」

商品の付加価値を上げて、ロスを出さずに販売することを目指して、就農2年目で6次産業化にかじを切った若杉さん。県の6次産業化プランナーの支援を受け、「Ichi-Rin 苺禀」のネーミングでブランディングに取り組んだ。

「ちょうどドライフルーツが注目を浴びた時期で、他に越後姫のドライイチゴを作っている農家はありませんでした。周囲からは水分量が多い越後姫は乾燥に向かないと言われましたが、家庭用の乾燥機で何度も試作。『これならいける』という手応えがあり、台数を増やして本格的に生産を始めました」

 加工所兼直売所をオープン

2018年に直売所兼加工場をオープン。そのタイミングで、販路を市場への出荷から直売に切り替えた。当初の計画ではハウスの棟数を増やして売上アップを図る予定だったが、原価計算してみると、このままでは赤字になることに気づいたからだ。現在の販路は、直売所、ネット販売、ふるさと納税の三つ。その中でも、直売所での売上が全体の7割以上を占める。

「直売所に買いに来てくれるのは地元の方ばかりです。直売所らしくない外観から、初めは『ここは何だ?』と思われていたようですが、口コミでお客さんが増えました。直売所を作ったのは、地元のスーパーには並ばないような大粒の越後姫を地域の人に食べてほしいという思いもありました。お客さんからは甘くて香りがいいと評判で、『他のイチゴが食べられない』と喜んでもらっています」

直売所では、生のイチゴやドライイチゴだけでなく、イチゴのシフォンロールなどの季節のスイーツも販売。加工品も若杉さんが開発から製造、販売までを全て一人で手掛けている。マルシェなどのイベントにも出店して、大忙しさの毎日だ。

「お客さんに『わー!』と感激してもらえる商品を目指していて、味だけでなく見た目のインパクトも大事にしています。市場調査は欠かさず、次に何が流行るかを先取りして商品化しています。忙しいのは仕方がありませんが、その中でも大事しているのは楽しみながら取り組むこと。一人でどれだけの作業を回せるのかとチャレンジしています」

 農業者をつなぐ取り組みで知識をシェア

父からの突然の打診で農業を始めて約10年。多忙ながらも充実した日々を送っている若杉さん。取材の最後に、若杉さんにとっての農業の魅力や今後の展望について聞いた。

「農業は自然と向き合いながら自分で考えて進めていく、奥が深くてやりがいのある仕事です。自然の美しさや収穫の喜びなど、農作業をすることで見える景色もあります。また、農業を通して、これまでにたくさんの人とのつながりができました。農業女子をつなぐ取り組みもしていて、20代から50代の若い女性農業者が集まって、知識をシェアする場を設けています。いま実現したいと思っていることは、喫茶店の新設です。農業を始めたいという人がよく直売所に相談に来るのですが、ゆっくり話ができる場所が無くて。直売所の裏にカフェスペースをつくって、相談にも乗れるようにしたいです」

就農を考えている人へのメッセージ

「農業を始めるには、『なんとかなる』という気持ちの余裕が必要です。いろいろ考えて準備をしても、農業は自然が相手なので思い通りにいかないことも。時には失敗もしますが、成長の機会ととらえて、そこから何かを得ることが大切です。そして、まずは目の前の栽培に集中すること。加工品の開発など、やりたいことはいっぱいあると思いますが、自分なりに努力して、おいしい農産物を作ることが第一です。また、農業は楽な仕事ではありませんが、その中に楽しみを見出すことも大事です。農業を長く続けていくためには、売上だけを追いかけて疲弊するよりも、自分のラインを設けて身の丈に合ったやり方を選ぶことが必要だと思います」

「After 5 オンライン就農セミナー」にて、若杉さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください。