ホテルマンから五代目農家へ
ホテルマンからUターン就農し、今や地域を代表する農家として活躍している青年がいる。宮本農産(石川県小松市)の5代目、宮本健一さんだ。
神戸の大学に進学し、卒業後はアルバイト先からの誘いを受けてホテルに就職。農業とは接点のない人生を歩んできた。
農業を継ぐきっかけは何だったのか、就農してどう感じているのか。話を聞いた。
「いつかは農業を継ぐんだという気持ちは、ずっと心の中にありました」
ホテルマンとして充実した日々を過ごしていても、いつかはこの生活に区切りをつけなければと考えていた。農家の跡取りとしての使命感だろう。
宮本さんの背中を押したのは、意外にも神戸の友人だった。
休みに帰省して実家の米の収獲を手伝い、その米を友人に振る舞った時だった。
「おいしい!」。その一言に、今までにない心の動きを感じた。
「稲刈りしかしていないのにこんなに嬉しいなんて、種まきから手掛けたら、どんなにやりがいがあるだろう」一期一会のサービスを提供するホテルマンも楽しいが、形のあるものを提供し、身近な人に喜んでもらえたことが嬉しかったという。「米の栽培を一から学び、自分の手でおいしいお米を作りたい!」農家を継ぐ決意した瞬間だった。
毎年が失敗できないぶっつけ本番
宮本農産は米の生産・販売に加え、畳表の原料となる「小松イグサ」を栽培する市内唯一の農家としても知られており、地域の伝統を守っている。
幼い頃から農作業を手伝っていたとはいえ、宮本さんは農業学校で学んだ経験はない。稲に必要な窒素など、養分の知識から勉強をし、季節ごとの農作業は家族から教えてもらうことから始まった。
外部からも刺激を得ようと、地域主催の「いしかわ耕稼塾」で知識を深め、同世代の農家が集まる「農業青年クラブ」にも参加した。就農8年目となる今では「全国農業青年クラブ連絡協議会」の副会長を務めており、後輩に道筋を示す存在になっている。
順風満帆に見えるが、本人はいたって謙虚だ。
「米づくりは苗づくりが大事。うまくいっても、雪が降らない年はカメムシの被害に遭い、暑い天候が続けばお米の仕上がりに影響します。毎年が失敗できないぶっつけ本番。出荷して消費者の手に渡り、「おいしい!」と言ってもらえるまで、全工程において気が抜けません」
“おいしく食べてもらう、そこまでが米づくり”そう繰り返す宮本さんに、5代目としての責任の重さを感じる。重圧に押しつぶされることはないのだろうか。
「自然の中で、四季を感じながら農作業をしているのが良いのだと思います。子ども達が田んぼで遊んだり、忙しい時は親戚が手伝いにきてくれたり。家族と過ごしながら自分達のペースで農業ができていることで、大きな責任とも向き合えるのだと思います」
地域と共に生きる農業
就農8年目となる宮本さんがいま見据えているのは「地域農業の発展」だ。
自分たちが利益を上げるだけでなく、地域が潤い、地元の田畑が生き続けることを願っている。
宮本さんは、経営を受け継いでからは米の栽培品種を増やし、出荷先を農協・米卸・直売と分けた。栽培している「小松イ草」を活用して地元の花屋さんが正月飾りを販売するなど、地域に利益が広がる仕組みを作っている。2020年から子ども食堂を通じてお米の寄付も始めた。
農業以外でも、地域の排水管理の見回りをしたり、雪が降れば除雪作業を手伝っている。
「幼い頃から地元愛はありました。今は自分が好きな地域の人たちに、“農家がいてくれてよかった”と思われる農家を目指しています」
身近な人に喜んでもらいたいーー。就農のきっかけとなった思いは、米づくりを越えて地域を豊かにする力になっている。