2022.02.17

地域に根ざした農業を。
県外の非農家出身女性が切り開く、新しい農業のカタチ

平松希望さん/ 平松農園
農園所在地/宮城県仙台市
就農年数/5年目 2017年4月就農
生産:野菜(少量多品目)

震災の年に、仙台で大学生に。
被災地ボランティアで目の当たりにした、地元農家のプライド

「東日本大震災があった3月11日は、ちょうど母と一緒に仙台市にいたんです」
そう語るのは、仙台市内で平松農園を営む平松希望さん。2011年4月から仙台市内の大学に入学する予定だった平松さんは、その準備のために地元、富山から母親と共に仙台市を訪れていて、被災した。仙台に来たのは受験時と、この時で2度目。地元に戻る術もなく、土地勘のない中、母親と共にホテルや避難所で過ごした数日間は本当に心細かったと平松さんは振り返る。

その後一度は富山に戻った平松さんだが、5月の大学再開を機に、仙台での暮らしをスタートした。入学したのは農学部。当初興味があったのは、農業というよりは化学分野で、化学者になりたいという夢があった。

そんな平松さんの運命を変えるきっかけとなったのは、入学当時から積極的に参加していた被災地支援ボランティア活動だった。平松さんがボランティア活動に通ったのは、沿岸部の農業地域。そこで被災した農家の人達に出会ったのだ。

「まずは家屋の泥出し、後片づけ、側溝の泥出しなど、生活再建に力を注ぎました。そしてそれが落ち着いてからは、農地の再生に踏み出しました。具体的には農地内の瓦礫やガラス拾いなどです」

その中で感じたのが、「本当にここで、農業がまたできるのだろうか」という疑問だったという。海のすぐ近くの農地にボランティア作業に行くと、津波で大きくえぐられ、ヘドロのようなものが流れ込んでしまった農地もあった。さらに夏になってくると塩害によって塩が浮き、雑草すら生えない……。農家の人達の家や農機具も被害にあい、経営どころか生活すらもままならないような状況にあることも、ひしひしと感じたという。

しかし、その中でも諦めず、「自分たちの手で、今年から農業を再開するんだ」という気概を持って前を向き、進んでいく農家の姿があった。

「まだ行政が田んぼの瓦礫撤去まで手が届いていない時期だったにもかかわらず、“5月6月の今であれば、米は無理でも大豆なら撒くことができる”と、大豆播種を行うことを決めた農家の方がいました。また、海から遠い比較的被害の少ない場所なら作付けできると、急いでがれきを拾おうと動き出す方もいました。その姿に、なんでここまでがんばれるんだろう、と当時は本当に不思議でしたね」
 

自分が思い描いていた農とのかかわり方は、研究室で化学者として働くというものだった。それとは全く違う、自然の中で農業者として生き生きと働く彼らの姿に、平松さんは胸を打たれたのだ。

後にこの時の農家に、なぜあそこまでやれたのか問いを投げかけてみたという平松さん。その返答は、「できるかどうかは正直分からなかった。でも、やらないで1年終えるのは嫌だったんだと思う」という葛藤の中での言葉だった。

「あの種撒きに、農家の生き様を感じましたね。農業ってこういう人達が誇りを持ってやっている産業なんだと、私が初めて実感した瞬間でした」

農家になりたいと決心した大学3年生の冬。
そこからの道は険しかった

大学3年の頃には、ボランティア活動での経験に加え、大学で沿岸部農業地域の復興や産業再生について深く学んだ平松さんは、「農業をやりたい」と強く思うようになった。そして、幾度となく農業研修にも出向いた。しかし、周囲のほとんどは代々の引き継がれてきた農家。視野を広げるたびに、県外の非農家出身女性である自分が就農できる可能性の低さを実感したという。それを払拭してくれたのが、ある女性農業者との出会いだ。

「ある企画で、石川県ですでに活躍されている女性農業者の方とお話する機会があったんです。その時に相談したら、“やりたいならやってみなさいよ!”って背中を押してくださって。さらにその方は、“声を上げている若者がいるんだから応援してあげなきゃダメよ”と周辺農家の方にも進言してくれたんです。(笑) それがきっかけで、そうかやってもいいのかと、迷いがふっきれたように思います」

しかし、現実はそう簡単に進んでは行かなかった。県や市に相談しても、「非農家出身者の新規就農は前例がない」と、よい返事がもらえなかったのだ。とにかく研修をしたいと研修先を探したが市内で見つからず、県内外にも研修地を求めた。在学中に細かな研修は50カ所、視察を含めるとそれ以上の数の農家を巡ったと平松さんは振り返る。

2015年に大学を卒業後は、国から就農関連の補助金を受けつつ、1年目は宮城県内の農業法人で研修を実施。2年目に、仙台市内の個人農家で研修を受けることができることになった。そして、この研修を経て、2017年4月、平松さんはようやく研修地の近くに農地を見つけて新規就農することが決まった。農地探しに力を貸してくれたのは、大学時代のボランティアを通じてつながっていた周辺農家の人達だった。

正直、心が折れそうなときもあったという平松さん。それでもなんとか就農までこぎつけることができたのは、研修先やその周辺の農家、若手農家が相談に乗り、解決に向けて動いてくれたからだという。

「宮城県には、非農家出身者で構成された宮城県新農業者ネットワークというコミュニティがあるんですが、これも心強かったです。仙台市内だけではなく、県の各地の先輩達からさまざまなお話しを聞かせてもらって、本当にお世話になりました。私の就農は、これらの縁があってこそ。あの時、皆に助けられたからこそ、今後は新規就農を目指す方の力になれればと思っています」

念願の農業経営。
目指すのは、地域に根ざした農業

就農5年目の今、平松農園が手掛けるのは、ブロッコリー、枝豆、トウモロコシ、サツマイモ、キャベツなど、季節ごとの様々な野菜だ。販路は仲卸を通した直売所出荷を中心に、2021年からは会員制の野菜通販(CSA)もスタートしている。

 「就農当初は育苗ハウスもなかったため、種から栽培できる大根やジャガイモを作り、地域の八百屋さんに出荷していました。収穫後すぐに出荷できる強みを生かそうと、新鮮な葉つき大根を売ったところ、お客さんにもよろこんでいただけました」

就農2年目には育苗環境を整え、朝獲りのブロッコリーやトウモロコシの生産をスタート。その後は生産種を絞らず、様々な品目の野菜を生産し続けてきた。それには理由がある。

例えば品目を一つに絞ると、一気に作業を進めなくてはならないため、大きな機械が必要になる。また、種まき時期をずらしても収穫期が重なってしまい、人手が足りず、秀品率が下がる可能性も出てくる。「自分一人でまかなえる範囲で生産を」、と考えていた平松さんにとっては、多品目を生産するスタイルが適していたのだ。

「これがベストとはまだ言えないんですが、とにかく試行錯誤しながら生産も販路も一つ一つ選択しています」

CSAは以前から挑戦したい領域だったという平松さん。現在は、地域の農家や酒蔵と協力して「日本酒と季節野菜のセット」を販売中だ。また、そのほかにも農園見学会を開催し、野菜の直売や緑肥マリーゴールドの畑の見学、新規就農希望者への相談会のなどを実施。農業を身近に感じてもらえるようなイベントにしたいと力を注いでいる。

「農業は地域経済の一つ。だからこそ地域に根ざした産業でありたいと考えています。実際に畑で作業をしているのは農業従事者だけであっても、地域の方とのコミュニケーションを大事にしていきたいんです」

聞けば、この農園見学イベントを一緒に行っている仙台あぐりる農園の方は、平松さんの大学の後輩にあたる女性。平松さんと同様に県外出身者で非農家出身だが、仙台市で研修を受けて新規就農したのだという。そんな彼女の存在について、「彼女のような人が現れてくれて本当にうれしいですし、心強いです」と、平松さんははにかんで語った。

これから挑戦したいのは、
サツマイモの生産と、スイートポテト加工での地域産品づくり

今後の展望を聞くと、2021年から生産をスタートしたというサツマイモづくりには、より一層力を入れていきたいと平松さんは話した。その根底には、サツマイモの生産を通して、地域の人々の交流や、モノ、サービスの循環を生み出していきたいという思いがある。

「サツマイモはここの土地柄に適していますし、スイートポテトや干し芋へ加工して提供ができるという魅力があります。収穫体験なども行いやすいので、防災教育や食育にも最適。すでにスイートポテトへの加工は始まっているんですが、今後も生産、加工、販売を通して、周辺地域の皆さんや、小学校、児童館、福祉施設との連携を増やしていきたいですね」

サツマイモの生産過程においては、就労継続支援事業所の方と一緒に作業をしたり、周辺地域の人々、小学生などに農業体験をしたりしてもらう。さらに、収穫したサツマイモは、大学時代に参加していたボランティア団体が新たにスタートしたというスイートポテト工房「仙台いも工房りるぽて」に納品。スイートポテトに加工し、多くの人に提供する。これら平松さんの計画は、すでに着々と実現に向けて動き出している。

「ここからは食農教育、防災教育、農福連携、新規就農支援など、地域産業としての農業をさらに実現していけたらと考えています。まず目指すのは、魅力的な地域産品づくり。今後も様々な企画を立てて、文化センターや図書館、小学校などでお話をしできるといいなと思いますね。ただ、農業生産が第一なので、そこは変えずにですが」

まもなく就農6年目を迎える平松さんは、今、紆余曲折を経て、自らが目指す「地域に根ざした農業」を実現しようと意欲的動き出している。

これから平松さんが、どのような農業のカタチを築いていくのか。
大学時代に学んだ農業経営学のテーマでもある「地域の農業」や「農業経営の形」を常に、実生活で考えているという平松さんだからこそ、起こすことができる変革があるのではと思わずにはいられなかった。

就農を考えている人へのメッセージ

農業は、環境や天候に左右されることも多く、教わった通りにやってもうまくいかないことがたくさんあります。私自身、台風でブロッコリーが出荷できない状況になり、落ち込んだことも……。その時、私を前向きな気持ちにしてくれたのは、「まあ、それも勉強だな!」と笑ってくれた先輩農家の言葉でした。皆さん就農した際には、ぜひ、周囲の農家の方、そして地域の方とコミュニケーションをしっかり取ってみてください。地域とともにある農業、地域に根ざした農業には可能性がたくさんあります。

 

Weekend 就農ミーティング(インスタライブ)の様子↓↓