2022.03.03

「自分らしさを諦めないで」
自ら切り開いた、農業女性サポートの道

新海智子さん/新海農園 副代表・農業女子「暮らしFITプロジェクト」主宰
農園所在地:長野県南佐久郡川上村
就農年数:16年目(2006年就農)
生産:高原レタス、白菜など

結婚を機に農家の嫁に。
喜びから一転、孤独感の中でアイデンティティを見失った新婚時代

長野県の東南端に位置する南佐久郡川上村は、水と緑豊かな山間の村だ。標高1000mを超えるこの地域一帯に広がるのは高原野菜畑。夏になれば日の昇らないうちから、あたりにはザッザッとレタスをもぎ取る音が響くのだという。
新海智子さんは2006年、この村の農家に嫁いできた。広さ4.5haの畑で栽培するのは、高原レタスと白菜を中心にキャベツやグリーンリーフ、ホウレンソウなど。義理の父、母、夫、そして智子さんよる家族経営の農園だ。

 埼玉県の新興住宅地で育った、いわゆる都会っ子の智子さん。大学では教育学を専攻し、大学院に進学。体験や冒険を通じた子どもの教育について深く学んだ経験を持つ。その後、縁あって人事系企業に勤務。農業には縁もゆかりもなかったが、当時交際中だった今の夫が、会社員を辞めて長野県の実家の農家を継ぐことになり、状況が一変した。智子さんにとっては青天の霹靂。都会を離れ、農村に嫁ぐことは決して即決できることではなかった。

「悩みながら遠距離恋愛を2年続け、夫や両親とたくさん話し合いました。でも、この人以上に結婚したいと思える人には出会えない!と移住を決めたんです。清水の舞台から飛び降りる覚悟でしたね(笑)」

だが、夢見ていた結婚生活とは裏腹に、結婚当初は孤独感に耐え切れず泣いてばかりだったという。

「家族以外に信頼して話せる友だちがいないこと、“嫁”でしかない自分への違和感、閉塞感……。これまで教育に関わっていたのに、急に野菜作りに興味を持つことなんてできなくて。『どうしてこんな場所に連れて来たの』と夫を責める気持ちも湧き上がってきてしまいました」

大学院で生き生きしていた頃とは全く違う主体性のない自分に、アイデンティティと笑顔を失っていった智子さん。

そんな中でも農家の嫁としての生活は続いた。最初は家事まわりの手伝いから始め、時には畑に出ることも。繁忙期には深夜から家族皆でレタスの収穫もすることもあった。やがて第一子を妊娠、出産した智子さんの仕事は、農作業をする家族のサポートやフォロー、ハウス管理、そして家事や育児になっていった。

「若さゆえの勢いで移住してきたので村での農家の生活、というものを想像できていなかったんですよね。体が農作業のサイクルに慣れるのは早かったですが、孤独感や人間関係には長く悩みました」

その中で少しずつ、智子さんは「自分ができることはないか」を探していった。

義母と始めた通販やファームステイの受け入れ。
もがきながら見つけた、農業の醍醐味と自身の学び直し

就農2年目、「この状況から抜け出したい」という思いが強くなった智子さんは、家族に通販の開始を提案した。「まずは野菜づくりに興味を持とう。野菜が届く先にいる消費者の声を直接聞くことができたら、もっと農業が好きになれるのでは」と考えたのだ。

「否定されたらどうしよう」とおそるおそる提案した智子さんだが、もともと通販に興味があった義母を中心に家族全員が賛同。積極的に協力してくれたという。そして通販に続いて、大学生のファームステイの受け入れも始めた。

「消費者の反応や外部からの刺激は、家業にとってプラスになるだけでなく、農業の可能性を広げられるのではと感じました。活動の中でやりがいや充実感を得て、もがきつつも、少しずつ自分を取り戻していったように思います」

就農して6年ほど経った頃、義母が腰を痛め畑に出られない期間があった。智子さんはそれをきっかけに新海農園における主戦力の一人となり、畑に出る時間が各段に増えた。もちろん作業は楽ではない。振り返れば、幼い第二子を起こさないよう車で寝かせ、授乳のたびに様子を確認しながら明け方の収穫作業をした時期もあった。
近年は、繁忙期に海外実習生の受け入れを増やし、午前1時からスタートしていた収穫は午前3時からになったというが、それでも深夜作業には変わりない。そこから子どもを学校に送り出す時間まで収穫し、その後は出荷作業。これが夏の3カ月間、毎日続く。

「最初、こんな生活は無理だ!と思っていましたが、いつの間にか収穫に没頭している時間が、自分自身を充電できる瞑想タイムのようになってきたんですよね。今は、美しい朝焼けを大切な家族と共有できることや、美味しい野菜を消費者にお届けできることに、農家の醍醐味を感じています」

前向きに農業に向き合えるようになった智子さんは、さらに、本業である農業以外の分野にも挑戦しようと考えるようになった。新海農園では、冬の3、4カ月間は農閑期。この休みを利用して「学び直しをしよう」と、傾聴スキルのセミナーを受講するため、東京に通ったのだ。これが大きな刺激となり、もっと学びたいと思うようになった智子さん。夫や義父母の理解と協力を得て、ここから毎年農閑期には東京に通い、コーチングや心理学なども勉強し直した。そしてこの学びが、農業女子サポートへとつながっていくことになったのだ。

役割の枠にはまってしまう農業女性たちに、
「自分らしさ」を取り戻すお手伝いを

農業と学びを両立できるようになった智子さんは、次第に周囲に目を向けるようになった。そこで気づいたのが、「かつての自分のように、農家の嫁という役割を演じようと、「自分らしさを失ってしまった人が、たくさんいるのでは」ということだ。

「まずはワークショップを開催してみよう」
そう考えた智子さんは、村のお嫁さんたちに少しずつ声を掛けた。人が集まるかどうか、村の人たちに受け入れてもらえるのか、不安は大きかったという。

だが予想に反し、輪はどんどん広がり、お嫁さん同士で応援、挑戦し合える関係が出来上がっていく。信頼できるママ友、かつ農家の嫁友でもある仲間と協力し、ワークショップや交流会を重ねながら、この動き加速し、川上村の女性たちによるマルシェ「Kawakami Girl’s Collection」の開催にまで発展。マルシェには、村の人口の10分の1にあたる来場者が足を運んだという。

その後の智子さんの活動は、村内にとどまらなかった。県内外の農業女性向け講座やオンライン個別サポートをはじめ、大学や自治体の講座など、数多くの場所で講師を務め、「農業女子が自分らしく輝くために大切なこと」について語るようになった。

講師のほかにも、長野県内の女性農業者をつなぐ「NAGANO農業女子」のコアメンバーに選出され、仲間づくりをサポート。その後、農林水産省の「農業女子プロジェクト」にも参画し、さらに個人では、全国の農業女性とダイレクトにつながるオンラインサロン「暮らしFITサロン」を立ち上げるなど、全国にファンを増やしていった。
農家の暮らしの中に自分らしさを見つけて、エネルギッシュに生きようとする智子さん。その姿を、旦那さんは優しく見守ってくれたという。

 「これまで私がやってきたことは、農業女性が自分の価値観を大切にし、自分らしく輝ける道を探すお手伝いです。答えは、彼女たちの中にある。少し背中を押してあげたり、別の視点をアドバイスしてあげたりすることで、女性たちは、生き生きと変化していくことができます。結婚当初は私も、“嫁ぐ前に築いてきた自分の歴史はゼロにはなってしまったんだ”と感じていました。でも、そうじゃない。農業や農村で活かせる可能性があるんだよ、とこれからも広く伝え続けていきたいです」

農家の嫁が自分らしく輝くために
新しい刺激求め、挑戦し続ける

本業の農業においても、智子さんはエネルギッシュに新しい可能性を追求している。コロナ禍で自粛せざるを得ない都会の人たちに、季節の風景や野菜の素晴らしさを伝えたいと、収穫作業や種まきの様子などをライブで配信。「今から、次に出荷予定のレタスを収穫します!」とザクザク包丁でレタスをもぎ取っていく画面からは、野菜のみずみずしさがあふれていた。購買意欲を刺激された消費者からはリアルタイムでフィードバックがあり、通販での売り上げにも繋がっているという。

「消費者から届く『美味しそう』や『食べてみたいです』などのコメントに、義父母も笑顔で応えていて、私それが嬉しいんです。常々、義父母や夫の働く姿を格好良いと私は思っていましたが、皆さんにそれを認めてもらったような気がして。農村や百姓の価値を見直すことに、少しは貢献できているのかな」

都会から農家に嫁ぎ、16年目。今後の展望について聞くと、たくさんの答えが返ってきた。農業体験付きの宿泊で心も体も癒してもらうリトリート事業や、全国の農業女性への取材活動、コミュニティーづくりのサポートや新しいプロジェクトにも挑戦したいという。

「苦しいときもありましたが、今は本業の農業と、農業女性サポートという2つの面があることで、自分らしく充実した毎日が過ごせています。これからも“農業×自分らしさ”を軸に、自分のできることを広げつつ、女性たちが道を切り開く力になりたいと思っています」

新しい刺激を求め、歩み続ける智子さん。彼女の生き方や言葉は、農業女性だけでなく、すべての女性が、自分の場所で自分らしく生きるためのヒントとなるのではないだろうか。
 

余談ではあるがインタビュー当日の智子さんは、可愛らしくネイルを整え、大振りのイヤリングにトレンド感のあるセーターを着こなしていた。

「実はあえて、こんな格好をしているんです。“汚れても良い地味な服ばかり着ている”という農業女子のイメージを払拭したくて。ファッションも生活も自分らしく楽しめるんだ、という裏メッセージです」

なんと素敵な裏メッセージ。全国のサロン参加者にも、智子さんからのメッセージが広く伝わっているのだろうと感じた。