2022.12.28

食と農業の未来のために。
農業体験や外国人の就農支援にも力を注ぐ

井堀実香さん/しかくいやさい
農園所在地:茨城県龍ケ崎市、牛久市
就農年数:約9年目
生産:女化(おなばけ)ネギ、トウモロコシ、タマネギなど

農業系ゲーム開発をきっかけに興味を抱いた野菜作り。
野菜の成長やもぎたての味に感動!

「女化ネギ」の収穫体験を中心とした独自の農業を実践している茨城県龍ケ崎市の「しかくいやさい」代表・井堀実香さん。龍ケ崎市と牛久市の畑150アールを活用し、ネギをはじめトウモロコシやタマネギなどを育てている。

井堀さんの前職はIT関連会社のデザイナーだ。あるとき農業系ゲームの開発を担当することになり、「少しはリアルな農業を知らなければ」と家庭菜園に乗り出した。実家近くは田畑が多く、祖母も家庭菜園をしていたが、自身は虫が嫌いで野菜栽培などの経験はない。偶然にも自宅近くに貸農園が見つかり、3畳ほどの広さから野菜作りをスタートした。

「ホームセンターで手に入れた夏の苗をたくさん植えてみたんです。わからないことだらけで、情報も多い。いろいろ調べて、野菜作りに必要そうなこと、良いと言われていることは全部実践しました。コウモリの糞が良いと言われればコウモリの糞を手に入れたり、団粒構造の土とはなんだろうと検索して試したり……。お金も手間もたくさんかけて苗のお世話をしていたので、日が暮れるのがすごく早かったです」

初心者ながら、そこまで真剣に野菜作りに向き合ったのは、1日ごとに成長し表情が変わっていく野菜を、愛しく思い始めたからだ。

「ドキドキしながら自分の手で収穫した野菜は今まで食べた中で一番おいしかったです。そこには、野菜と向き合う自分がいて、とても感動した瞬間でした。自分の手で育てたものに愛情が湧き、その体験が付加価値となり、美味しさにつながっている。太陽の味がしたような気がしたんです。この体験にしびれましたね」

農地探しはバイクで奔走!
コミュニケーション力と粘り強さを武器に農地を拡大

野菜作りに対する愛情が膨らんでから、農業に舵を切るのは早かった。仕事を続けながら、60km離れた水戸市の農業大学校に週2回ほど通い、半年間にわたり農業の基礎を座学や実地で学んだ。仕事終わりに約1時間半かけて運転し、眠気に襲われつつも勉強に励んだ。この間に井堀さんは、自分が“農家”として栽培する野菜は「ネギ」にしようと決断していた。そして、大学校で知り合ったネギ農家の元で1年間の実務研修を受けることになる。

ネギを選んだ理由は4つ。まずは、年間を通して需要があること。そして、必要な機械を中古でも集めやすかったこと。ネギが好きだったというのも大きい。さらに1本1本が軽いため、女性でも体への負担が少なく、長く作業を続けられるという理由もあった。こうして井堀さんは、ネギ栽培をスタートするための計画を立て、青年就農給付金を活用しつつ、軽トラやトラクターを中古で揃えていった。

苦労したのは農地探しだ。当時はあまり頼れる行政機関がなく、自分で探すほかなかった。バイクで市内や近隣市をまわり、道を歩いている高齢者らに手あたり次第、「畑、空いていませんか?」と声を掛けていったという。最終的に借りられたのは、牛久市女化町の10アールの畑。知人の祖母が所有していたものだった。

「農地ってこんなに見つからないものなんだと、びっくりしました。確かに、ちゃんと農業をやってくれるかどうか分からない人に、自分の土地を貸すのを躊躇する気持ちは分かります。でも、このままでは農地の引き継ぎ手が本当にいなくなってしまう。農業全体の課題だと感じました」

販路も当初は苦戦した。「出荷するなら市場出し」という素人考えで市場に持っていったところ、5kgの段ボール箱が300円という想定外の安さで取り引きされていた。

「ネギは、出荷調整に手間がかかります。当時は機械もなかったので、市場で教えてもらった規格に合わせ、すべて手作業。泥を落としタオルで拭いて、長さや葉の枚数をそろえるために葉と根っこをカットして、袋に詰めて。深夜1時から3時くらいまでやって300円という結果に、衝撃を受けました」

これではまずいと、急いで販路開拓に取り掛かった井堀さん。名刺とネギを手に、近くのスーパーや飲食店に売り込みを始めた。コミュニケーション力と粘り強さには自負がある。地道な営業が功を奏し、取引先は着々と増加。飲食店と、季節限定のコラボ料理なども展開するようになった。ネギラーメンやネギ御膳、イタリアンのネギディップやネギアヒージョ。これらは地域を盛り上げる地産地消の活動にもなっている。

熱意が理解されるにつれ、農地を貸してくれる人が増え、就農3年目には畑を140aに拡大。4年目には「女化(おなばけ)ネギ」の文言と、ネギのゆるキャラ「ねぎくんキャラ」を商標登録した。

「最初に土地を借りた女化町への恩返しですね。『女が化ける』というインパクトの強いこの地名が、私は好きです。商標が女化ネギの知名度を上げ、関心を高める後押しになれればと思っています」

食への関心を高める“体験”にこだわる。
生産者の責任として、子どもたちの視野拡大を

井堀さんは、農業ふれあい大使として、広い範囲で農業に触れ合うきっかけづくりなども手掛けている。
「農家として働くうちに、現代の日本人にとって農業が遠い存在になっているような気がしてきました。美味しい食べものが溢れ、飢える心配のない今の日本。食は当たり前のものになってしまっているから、関心が薄い。でも食は体を作る屋台骨であり、欠かせない大切なものです。若い世代をはじめ、みんなにもっと興味を持ってほしい」

井堀さんのこの思いは、収穫体験の提供につながり、のちに収益の40%ほどの売り上げを体験プログラムが占めるようになっていく。体験プログラムは、地域の子どもたちやスポーツ団体などにネギ畑や野菜畑に入ってもらい、野菜の観察や知識の伝授、収穫までを体験してもらうもの。井堀さんが感じてほしいのは、土の香りや風の音、虫や鳥の声、葉っぱや野菜の色、太陽の温度など、実は身近にある心地の良い空間だ。コロナ禍には、申し込み数が少し減少したものの、現在も人気を博し、週末には数多くの予約客が訪れる。

子どもの農業体験をサポートし、彼らの視野を広げることは、「生産者としての責任」と話す井堀さん。今後は教育機関と連携した農業体験や、ドローンなどIT機器を使った農業プログラムなども検討しているそうだ。

外国人の就農支援に乗り出し、
講師としてコメや野菜の栽培に関わる

農業の裾野拡大という縁の下の取り組みは、収穫体験だけにとどまらない。マルシェの企画や加工品の開発、農業を題材にした絵本作りなどにも積極的に取り組んできた。さらに2022年からは、インドチームとタッグを組んだ米や野菜作りを進めている。

インドチームとは、龍ケ崎市でカレー料理店を営んでいる農業法人のメンバーのこと。カレー店で使う野菜を自家栽培しようと奮闘していたところ、井堀さんとつながった。現在は、井堀さんは後継者がおらず管理に困っていた田畑を、インドチームと共に活用。米や野菜の栽培などをインドチームに任せ、自身は講師として、栽培方法や機械使用の指導などに携わっている。

「日本在住の外国人が食に興味を持ち、安全安心なものを提供したいという心意気に惹かれました。こうした活動は、担い手不足の日本の農業界を救う新しいモデルケースになれるのではないでしょうか」

インドチームに加え、最近では、ベルギー人女性の就農サポートも行っている。市内の住まい探しから就農研修まで幅広く支援する予定で、移住後にはベルギー料理に活用できる野菜栽培に共に取り掛かるという。

「外国人の在留支援と就農、さらに市内の空き家対策なども兼ねたこのプロジェクトは、龍ケ崎市長に、一緒に実施できないかと相談しに行きました。外国人の青年達はとてもパワフルです。やる気のある外国人が農業に就いてくれたら、市内の農業も盛り上がるはず。行政機関と連携しつつ、これらの取り組みを拡大させるよう尽力したいですね」

井堀さんは、こうした耕作放棄地や空き家を活用した就農支援(住まいや農業サポートを含む)を、「いほりみか農業プロジェクト」と名付けている。すでにスタートしているこの活動で、空いている農地をまずはなくしていければと意気込む。

感謝の気持ちを忘れず、人との縁を大切に。
農業の明るい未来のためにできることを

純粋なネギ栽培農家から、収穫体験の提供や就農支援といった農業と食の未来を見据えた農業経営に帆を進める井堀さん。

「就農初期の頃から農業で利益を得ることより、日本の農業の未来を明るくしたいという思いが強かったんです。だからこそ畑での作業と並行して、外で動き回ることがどんどん多くなっていきましたね。とはいえ、利益も出さないと、活動ができないのでバランスがとても重要だと考えています」

日本の農業、そして食の未来のために。今後の大きな目標は、まずは就農者を増やすこと。そこから農地の後継者不足や空き家対策など不随する地域の課題にも目を向けている。

「どれもこれも1人じゃできないことばかり。だからこそ仲間や企業、行政の力を借りながら進めたいと思っています。これまで人脈作りのために、いろいろな団体に加入して、たくさん地域活動や行政の行事に参加してきましたからね(笑)」

井堀さんの貪欲な取り組みは、今後ますます発展するだろう。農業の未来のために常に前を向いている井堀さん。心の柱としているのは、人と人とのつながりだ。

「コミュニケーションを重ねることで生まれる人とのつながりに、本当に感謝しているんです。自然の恵みとまわりの人への感謝の気持ちを忘れず、これからも笑顔で進んでいきたいです」

就農を考えている人へのメッセージ

閉鎖的な地域では、農地探しが難航することも少なくありません。でも、どうかあきらめず、情報通の方に頼み込んだり、目星をつけて通い続けたり、あなたの熱意を伝えてください。直売所などに卸している農家さんに声を掛けて、仲良くなるのも人脈作りの一歩です。まわりの農家さんがどんな人か知ることも大切。農業でも、情報収集は不可欠。行政機関などに頼るだけではなく、自分から懐に飛び込みネットワークを作っていけるといいですね。

ネギもそうですが、農業は収入につながるまでに時間が掛かります。就農前に貯金があるに越したことはありませんが、ご自身の生活スタイルで必要なお金を計算し、経営計画を立ててみてください。

農業には、収穫量や野菜の質が天候に左右される厳しさもありますが、体を動かし汗をかき、自分の手で食べ物を育てる喜びは、それを書き換えるほどの満足感、充足感を与えてくれます。色々な選択肢があり手法もさまざまです。その人にとって何が正しいのかなんてわかりません。農業に限らず、はじめてのことは、良いこともそうでないことも起きるものです。しかし、私は、自分を信じ農業を選択し農業に出会えて本当に良かったです。ぜひ農業を体験してみてほしいです。

 

 

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Information

龍ケ崎市駅改札前および龍ケ崎市役所1階に設置されているデジタル掲示板に農業ふれあい大使・井堀さんのCMが掲載されます。

<掲載期間>
龍ケ崎市駅改札前:2022年12月20日(火)頃〜
龍ケ崎市役所:2023年3月〜

 

2022年9月2日(金)、「After 5 オンライン就農セミナー」にて、井堀さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。

その様子を下記の動画よりご視聴ください!