2022.12.21
初めから独立開業じゃなくてもいい。
IoT技術や失敗から学んだ知恵を分かち合い、
チームやコミュニティで持続可能な農業を
宮﨑武士さん/分ち合ふ農園。
農園所在地:高知県安芸市
就農年数:13年目 2009年就農
生産:ナス(5種類)、露地ブロッコリー、オクラ 、空芯菜
農業を始めたきっかけ
現在59アールのビニールハウスで約3,000本のナスを主力に栽培している宮﨑武士さんの農場「分ち合ふ農園。」は、高知県安芸市の海を見下ろす高台にある。海と山との距離が近く平野の少ない高知県の農業は、ほとんどがビニールハウスによる栽培だ。特に宮﨑さんの農場では、ビニールハウス内の環境管理に積極的にIoT技術を導入し、できるだけ農薬や殺虫剤を使わず、天候の悪影響も回避しながら、高い品質のナスを一定量コンスタントに出荷することを大事にしている。
日本人のパートスタッフや研修生に加え、人手不足を補うため、3年ほど前からは外国人の技能研修生も受け入れ始めた。基礎的な日本語教育を受けているとはいえ、育ってきた文化や感覚の違う彼らとチームをつくり、みんなが同じレベルで良いナスを育てることができるようにするためには、IoT技術や数字データを適切に用いた農業をしていく必要があると宮﨑さんは考えている。
宮﨑さんが農業を始めたのは2009年のこと。それまでは運送会社で配送ドライバーや運行管理の仕事をしていた。深夜に及ぶ配送や不規則なデスクワークで決まった時間に家に帰ることができず、家族とも一緒にいられない生活や、20代の頃から大切にしてきたガラス工芸作家としての活動とのダブルワークができないことに限界を感じ、いくつか仕事を模索した末、妻の父親が運営している農場へ転職した。
農業に関する知識も技術もまったくなかった宮﨑さんに、ナス栽培歴30年の義父は基礎から指導してくれたものの、その教え方は「長年の経験と勘」による所が大きかった。素人に近い自分がどうやったらおいしくて質の良いナスを、何度も再現性を持ってつくることができるのか、なかなかコツを掴むことができなかったという。そんな宮﨑さんに「ちゃんとできるのか?」と問う義父に反発心も芽生え、2年間の修行後、独立を決意。2013年に20アールのビニールハウスで個人事業主として開業した。
高品質で安定した栽培をチームで行うために、
環境制御技術を積極的に活用
独立して農業を始めた宮﨑さんだが、一人でやることの厳しさも感じた。それまでは義父母と共に3人で作業していたものを、すべて自分で行わなければならない。
生産効率を上げるために、2014年から導入したのが環境制御技術だ。ビニールハウス内に計測器を設置し、温度、湿度、炭酸ガス濃度などをモニタリングして数値化したデータから、遮光や保温などの調整を行うことでビニールハウス内の作物の生育に最適な環境を整える。経験と勘とは異なり、数字として生育状況を客観的に把握でき、他の人とも共有しやすい。
環境制御技術は、天候が不安定かつ耕作面積も少ないオランダで、効率よく作物をつくるために研究が進んだビニールハウス栽培の技術だ。農地の事情が似ている高知県は積極的に取り入れており、その一環で宮﨑さんもオランダの現地に学びに行く機会を得た。
「IoT技術を取り入れることで、生産効率を高めるのはもちろんですが、農薬をできるだけ使わずに栽培することができるんです。例えばビニールハウス内で高湿度が続くとナスがカビなどの病気にかかりやすくなる。その作物の生育にとって常に最適な環境に整えてあげることで病気になりにくくなり、結果、農薬も極力使わずおいしい野菜がつくれます」
この技術を導入した宮﨑さんは、2014年以降ビニールハウスの面積を拡大し、2016年からはUIターンで就農を希望する研修生を受け入れ始めた。そして2019年、確実に一人ではまかない切れない規模の45アールまで面積を増やし、人手を補うため外国人の技能研修生の受け入れも開始した。
「人を雇用し始めると、自分一人だけ分かっていてもいけないと気がつきました。どうやったらみんなが効率良くできるか、早く病気に気づけるか、みんなが同じ品質のナスをつくれるか。ポイントが数字データで分かるとチームみんなが理解しやすいですよね。データを他の農家さんとも共有することもできます」
宮﨑さんが栽培にIoT技術を積極的に活用する背景には、もう一つ、こんな事情もある。
「自分が人を雇用して経営する立場になり、事業として安定した収益を上げることの重要性を以前にも増して感じています。嗜好品ではなく、毎日の食卓に上る青果であるナスは、味の違いも出しづらく、贈答品のように高付加価値をつけることも難しい。つまりは、ある程度の量を安定していつでも生産できることが事業存続において大切になります」
事業を続けられる安定した収益を上げるために、自ら販路を開拓
安定した経営のために、宮﨑さんは特性の違う出荷先を複数持ち、売上の目処が立ちやすくなる工夫もしている。
「うちは特別栽培契約を結んでいる出荷先が60%。残りの40%は市場ですが、市場に出荷すると、価格は需要と供給のバランスで決まり、農家は自ら価格を決めることができません。不作なら高い値がつくし、豊作なら安くなる。売上の予測が立てにくいのです。その点で特別栽培契約は希望を交渉しやすく、価格が変動性ではないので収益の計算もしやすい。高く売りたいわけではありませんが、近年資材や肥料の価格も高騰している中、採算の取れる適正な価格で買っていただけたらと思っています。でないと、事業が続かなくなってしまいますから」
その他にも小売店の産直コーナーや都市部のレストランとの直接取引、インターネットでの直販も行っている。市場や量販店への出荷規格に合わない野菜も産直コーナーでは販売できるし、大きく育ってしまったナスは関西圏では逆に喜ばれるという。
致命的な青枯病の蔓延から人々に助けられて復活し、つかんだ大切なこと
宮﨑さんが農業を営んできたこの13年で最も辛かったことと、最も喜びを感じたことを尋ねてみた。最も辛かったのは、2021年、自身のミスから栽培している約3,000本のナスの半分が、青枯病という病気に冒され枯れてしまったことだ。
「ナスの剪定や収穫に使うハサミから伝染するんです。それまで一度も病気を出したことがなかったのに、私の管理ミス。日々枯れ続けるナスを見ていることしかできず、“どこまで枯れるんだろう”と地獄のような苦しみで眠れなくなりました」
致命的なこの危機を打破するため、宮﨑さんはできることは何でもしようと、いろいろな人に助けを求めた。農業技術センターの20代の女性の技術者は、修士論文で青枯病を扱っており、消毒など対応の仕方をきめ細かく教えてくれた。税理士にも正直に事情を話し、農業保険を活用したり、資金繰りをサポートしてもらった。
そして半年後、青枯病はようやく止まった。宮﨑さんはその一部始終のデータを支援してくれた女性技術者に提供し、一緒にレポートにまとめた。周囲の農家にも損失額を含めて正直に共有し、二度とこうしたことが起こらないよう、対応策などを活用してもらえるようにした。青枯病が出たビニールハウスを消毒し終え、再び新たに大量のナスの苗を植える時、周囲の農家は自分の農場の作業を止めて、宮﨑さんのビニールハウスに手伝いに来てくれたという。
「青枯病から再生して、関わってくださったみなさんと一緒に飲んだお酒が本当においしかった。いちばん辛い経験でもあり、いちばんうれしかった経験でもあります」
地域に生かされた、この時の農家同士の助け合いを宮﨑さんは忘れることはない。
耕作放棄されたビニールハウスを預かり、農業を始める人に暖簾分け
青枯病からの再生をきっかけに、宮﨑さんに改めて深く刻まれた地域や関係者とつくるコミュニティの力。右も左も分からず農業を始め、経営者となった自分が、ピンボールのように体ごとぶつかり痛い思いをしながら学んだこと、経験したことをみんなの財産にしたい。その思いは「分ち合ふ農園。」という屋号に込められている。
「地域の中で高齢化のために耕作できなくなっているビニールハウスが出てきています。私はそのビニールハウスを修繕し、新しく農業を始めたい人の圃場にしたいと考えています。私がそのビニールハウスを耕作しておいて、研修生が入ってきたらいずれそこを暖簾分けし、独立できるようにしていく。新築でビニールハウスを建てると初期投資が大きくなり、最初から多額の借入をしないといけなくなります。栽培技術を身に付けるのだけでも大変な新規就農者にとって、それはハードルが高いですから。私欲のために使うよりも、みんなが楽になる道具や技術を導入したり、知見を包み隠さず共有したりして、みんなで目標を達成して一緒にお酒を飲む方が私は楽しい。うちの農園に関わってくれる人、つまり関係人口を今後も増やしていきたいです。最近は若い子が農業に興味を持ってくれてうれしいです」
雇用されるスタッフの安心感や事業の公益性を高めるため、宮崎さんはそろそろ法人化も考えている。その時の社名はもちろん、宮崎さんの理念をそのまま表現している「分ち合ふ農園。」だ。
20代の頃からガラス工芸の作家でもある宮崎さんに、ガラス工芸と農業との共通点を伺うと、こんな答えが返ってきた。
「ものづくりが共通点ですよね。どちらも完全な答えはない。いろいろなものを見て、そこから自分がどう表現するか。やればやるほど知っていくし、勉強もして深めていける」
探究心に溢れた宮﨑さんを中心に、多くの人々が農業の喜びを分かち合えるコミュニティが、安芸の地で育まれていきそうだ。
就農を考えている人へのメッセージ
「新しく農業を始める方にいちばん伝えたいのは、最初から独立してやることだけが道ではないということです。栽培技術を磨くのは当然ですが、事業として続けるためにはお金のこともしっかり見ないといけません。私たちは農業者であり、同時に事業者でもあるということです。収支をしっかり見て、販売先も自分で見極めるなど、独立して行うには自己責任が伴います。農業のやり方も、ある程度の量をできるだけ減農薬に努めながらコンスタントにつくるスタイルもあれば、小さな規模で栽培方法にこだわり抜くやり方もあります。自分がどんな農業をしたいのかをしっかりと考えることが大事ではないかと思います」