2022.12.19
祖父の跡を継いで農家へ。伝統野菜の知名度UPと持続可能な農業の実現を目指して
多田礼奈(ただ れいな)さん
きよし農園
農園所在地:石川県金沢市東荒屋町
就農年数:7年目 2016年就農
生産:ヘタ紫なす、金沢ゆず、冬春ねぎ、米、梅など
農業に可能性を感じ、手伝いから本業に。
祖父が大切にしてきた伝統野菜の栽培に挑戦
石川県金沢市にある「きよし農園」は、地域の伝統野菜であるヘタ紫なす、金沢ゆずなどを栽培する農園だ。園主は「きよし」さんではなく、多田礼奈さん。「きよし」は多田さんの祖父の名前だ。
以前は飲食業で働いていた多田さんは、2016年に病気で農業を続けることが難しくなった祖父の跡を継いで農家になった。
「もともと休みの日には、よく祖父母の畑で農作業を手伝っていました。祖父母と一緒に土を触って、野菜の話しをして、休憩中には景色を眺めて。楽しいな、癒されるなと感じていた矢先に、祖父が病気になりました」
畑に出られなくなった祖父から冗談交じりに「跡を継ぐか?」と聞かれ、「やる」と二つ返事で答えたのには理由があった。一つは、「祖父が大事にしてきた畑を終わらせたくない」という思い。そして、もう一つは、「人が生きていくうえで欠かせない『食』を支える農業をなくしちゃだめだ」という思いだ。
「当時ニュースで、今後はテクノロジーの発展により、さまざまな仕事が機械化されてなくなる職業も多くなると言われていました。それを聞いて、農業はなくてはいけない職業だと感じたんです。命を支える産業だからこそ、これから農業の時代がくる。そんな直感がありました」
しかし、多田さんが農業を手伝うことは大歓迎だった祖母が、この決断には大反対だった。「農業は大変だし、儲からない。孫にそんな思いをさせたくない」という理由だ。それでも多田さんは、「だったら、儲かるようにすればいいというのが私の考えでした。好きだから挑戦したい。やると決めたからには途中で投げ出したりはできない。とことんやってみよう!」と決意した。
農業大学校に通いつつ、祖父の畑で自分なりの農業経営をスタート
その後、多田さんは祖父の勧めで農業大学校に通い始めた。最初は、「農業のことをほとんど知らない私が通っていいのだろうか」という不安もあったという。しかし、学校では農家を目指す仲間との出会いや新たな農業の魅力の発見、技術の習得ができ、充実した日々を過ごすことができた。
学校の授業で特に印象に残っているのは、農業経営を学ぶために農家の方に話を聞いたときのこと。その人は自身の売上金額を開示しつつ、「どんな農家になりたいのか」「そのためにどのくらいの売上が必要なのか」を全員に考えさせたという。そして、「自分自身は子どもがたくさんいるが、鉛筆一本買ってやれない時期があった。だからこそ、これから農業をする人には、経営計画を持っておくことの大事さを理解してほしい」と教えてくれた。
「厳しい言葉ではありましたが、農業を生業にすることの覚悟や、モチベーションをそこで身に付けることができました」
2年にわたって週2回学校に通い、習ったことを祖父の畑で試す日々。しかし、農家を継いで数ヶ月後に祖父が他界し、途方に暮れることもあった。
「当時から祖父が手掛けていたヘタ紫なす、金沢ゆず、ねぎ、米などを作っていたのですが、どんなスケジュールで作業をしていっていいものか分からず、近所の農家さんや、研修先の農家さんにたくさん相談し、助けてもらいました」
多くの人に支えられたと、多田さんは当時を振り返った。
実感した伝統野菜の知名度の低さ。
「もっとみんなに知ってもらいたい」とイベントを企画
手探りだった就農1年目を終え、2年目から多田さんは、どんどん独自の色を出していく。「美味しいものを作る」ことを軸にしつつ、地域の伝統野菜であるヘタ紫なすや金沢ゆずの知名度の向上にも力を入れ始めた。
「1年目を終えて気づいたのは、金沢ゆずの知名度が低いこと。それが原因で価格が安定せず、思うように売り上げが伸びていませんでした。また、需要があるはずなのにPR不足で加工用のゆず果汁が余ってしまっていたんです。知ってもらえれば、買いたいという人が出てくるはず。認知度を上げて、地域を盛り上げていくために、ゆずのイベントを企画しました。金沢ゆずは祖父たちが地域の名産を作るために生産し始めたもの。だからこそ、絶やしてはいけないと思っていました」
当時、金沢ゆずは、生産者の高齢化が進み、広報活動なども行われていなかったそう。だからこそ、知ってもらう機会を作りたかったと言います。
石川県の農業支援部署や地域のゆず部会にも相談しつつ、多田さんが主体となって開催した「金沢ゆず香るん祭り」(2017年)は、6,200人を動員する大盛況となった。会場となった地元の小学校では、金沢ゆずの販売はもちろん、ゆずみそ焼きおにぎりや、ゆず胡椒鍋など、金沢ゆずを使った料理の屋台が多数並んだ。また、地元のケーキ屋や和菓子屋の協力を経て、金沢ゆずを使ったケーキや大福なども販売。金沢ゆずを知ってもらう絶好の機会になった。
「1,000人来てくれればいいかなと思っていました」と多田さん。この成功は、自ら多くの人に協力を求めて交渉に出向き、汗を流したからこそ得られたものに違いなかった。
「周囲の皆さんに協力を求めるのは大変で、体もたくさん動かしました。正直、諦めそうになったこともあります。でも、なんとか開催にこぎつけることができました。メディアに取り上げられたことで、多くの人が金沢ゆずを使ってみようと思ってくれましたし、県外や市外からも引き合いが多くなって、本当に開催してよかったと感じています」
イベント後、まちで金沢ゆずを使った商品を見かけることも多くなり、多田さんも手ごたえを感じたという。2017年から毎年開催していた「金沢ゆず香るん祭り」は2020年以降、コロナ禍で中止に。しかし2022年に復活予定となり、今後の継続に多田さんは意欲を見せている。
就農3年目には、傷もののため廃棄していたゆずの皮の加工にも着手。もともと調理関係の仕事に就いていた多田さんの父が正式に「きよし農園」のメンバーに加わり、ゆずの加工事業をスタートさせた。現在は、ゆず部会の各農家から皮を集めて、ゆずのピール煮に加工して販売している。
「廃棄されていた皮をどうにかしたいという思いで、地元の農業高校に相談したところ、ピール煮にするアイデアをいただいたんです。これを和菓子などに利用することで、ゆず部会全体の所得も上がり、金沢ゆずの知名度向上にもつながりました」
持続可能な地域農業をつくるために加工場兼店舗をオープン
就農5〜6年目は、野菜や金沢ゆずがより生育しやすい土づくりに注力した。「きよし農園」では化学肥料や除草剤を使用せず、天然素材の肥料のみを使用。土づくりにおいて大切にしているのは、感覚に頼り過ぎず、検査の数値を確認しながら、作物にあった土にすることだ。
加工やイベントなどにも携わる多田さんだが、やはり、軸となるのは美味しいものを生産すること。そこには誠実でありたいと語る。
「生産においては、一番、手間とコストを惜しみたくないですね。肥料の価格も上がっていますし、正直苦しい部分もあります。それでも作物の質を下げることなく、経営を続けていきたい。儲ける農業にするとは言いましたが、儲けが一番ではないというのが私の考えです」
とはいえ、経営状態は悪いわけではない。生産部門の売上は順調にのび、現在は1,200万円ほど(店舗の売り上げは除く)。3年後には3,000万円を目指したいという。
就農7年目の2022年は新たな挑戦もあった。加工場兼店舗「Siii(シー)」のオープンだ。
自身の畑からほど近い場所に、金沢ゆずやヘタ紫なすなどの生産品、そして、地元の食材を使ったタルトやジェラートなどを販売する拠点を作ったのだ。
「店舗を作った理由は、地元農家がどんどん少なくなっていることに危機感を抱いたからです。なんとか地域農業を継続させる方法はないかと思いついたのが、加工場兼店舗でした。地域野菜を売るだけでなく、ケーキなどにして販売することで、幅広い人たちに地域野菜の魅力をアピールできます。ジェラートは冷凍しておけるので一年中販売することが可能です。季節を問わず多くの方に地域野菜に触れていただける機会を作りたかったんです」
ここでは、「きよし農園」の野菜だけではなく、地域農家で生産された野菜も販売している。また、タルトには地域の農家から買い取った農作物を使用している。そこには、少しでも地域農家の所得を上げることができればという多田さんの思いがある。
「今後は、もっと大きな道の駅のような場所を作り、この地域が『農業のまち』になるきっかけを作りたいと思っています。農業者が集まって行う地域活性化。それを実現できれば嬉しいですね」
地域の農業を引っ張っていこうと躍動する多田さんですが、「順風満帆に見えるかもしれませんが、そうでもないんですよ」と語る。聞けば、就農2年目にはヘタ紫なすが大規模な病気にかかり、生育がストップ。収穫量が1/4程度になってしまったのだ。就農2年目といえば、多田さんがはじめて「金沢ゆず香るん祭り」を開催した年だ。不屈とはまさにこのこと。
跡を継ぐ際に心に決めた「やると決めたからには途中で投げ出したりはしない」という思いを貫く多田さん。彼女だからこそできたことがあり、今後もそれは増えていくのだろうと感じた。
就農を考えている人へのメッセージ
農業を続けていくために必要なのは、経営計画をしっかり立てておくこと。農業経営の基本は農業大学校でも学べるので、ぜひ、計画を立てて自分らしい農業経営をしてください。補助金などの制度も利用するといいと思います。農業は天候に左右されることも多く、計画通りにはいかないものです。だからこそ、お金の管理は大事。始める前に販売品目や販売先など出口を考えてからスタートしましょう。
私自身は畑で過ごす時間がとても好きです。体を使って疲れて帰宅し、自分で作った美味しい野菜を食べて元気になる。そんな生活は楽しいし、やりがいも十分です。ぜひ、その楽しさを味わってくださいね。
2022年8月5日(金)、「After 5 オンライン就農セミナー」にて、多田さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。
その様子を下記の動画よりご視聴ください!