2023.02.27

ふるさとと農業を未来へつなぐ。
効率化の先にある
働きやすさ向上と地域の持続可能性

長廣修平さん/ぶちうまいカンパニー
農園所在地:山口県周南市
就農年数:5年目 2019年就農
生産:トマト、ワサビ、にんにく、水稲

過疎化していく田舎に危機感を覚えて

山口県周南市の中山間地域で独立開業して農業を営む就農5年目の長廣修平さん。高等専門学校を卒業後、大学に進学し、農機具メーカーに就職して働く中で、地方の農村地帯で加速する過疎化を肌で感じたという。

「農機具の売り上げも年々縮小していて、農家の方と話すと、機械が壊れても『自分も年を取ったし、後継ぎがいないから買い替えない』と言う方が多かった。このまま行くと田畑は耕されなくなり、地域もどんどん廃れていってしまうんだとリアルに感じました」

急激に少子高齢化と人口減少が進む日本において、ふるさとは、いつまでふるさとのまま、そこに在り続けることができるのだろうか。

長廣家は周南市で祖父の代までずっと農業を受け継いできた。子どもの頃から祖父が米や野菜をつくる背中を見て育った長廣さんは、高専での進路選択の時、「いつかは地元に戻って農業をしよう」と考えていた。農機具メーカーで地域や農業の現状を見たことで心が決まり、2017年に帰郷。山口県が行っている農業大学校の社会人コースで1年間、農業の基礎を学び、翌年トマト農家とワサビ農家での半年間ずつの研修を経て、2019年に独立開業した。

スタッフと共に効率を2倍に。その先にあるビジョン

長廣さんは1ヘクタールの水田と2ヘクタールの露地の畑、20アールのビニールハウスで米、トマト、ワサビ、ニンニク、白ネギ、にんじんなどを生産している。主力のトマトとワサビは周南市の認定品にも指定されており、新規就農者を支援する施策として提案されていたため選んだ。

 トマトは春〜秋、ワサビは秋〜春が栽培時期のため、繁忙期がずらせる。この面積を、長廣さん自身と従業員1名、パートスタッフ6名で切り盛りしている。
こだわりは「効率化」だ。

「農業を始めた当初は夜中まで作業する日々が続き、1ヶ月くらいで体に無理が来ました。今思うと全体の仕事量を把握できていなかったことが原因です。これでは続かないと思い、やり方を変えました」

「効率化」は、長廣さんが研修先の農家で学んだ重要なことの一つでもあるという。大多数の農家では人手が十分にあるわけではなく、しかも従事者の多くが高齢者だ。研修先のベテラン農家の方も高齢だったが、だからこそ作業を最小限の労力で効率的に行う長年の経験と知恵があった。

「絶対に力を入れてやらなければいけない所、力を抜いてもいい所を教わりました。例えば除草はしっかりやらないと、てきめんに収穫量が減ってしまいます。しかし、片付けなどは全力でやらなくても、合間を見つけてぼちぼちやればいい」

研修当初は毎日の作業についていくのもやっとだったが、慣れてからは先輩方の動きを観察するようになった。体の動きや作業の流れをよく見るうちに、「だからこういうふうにやっていたんだ」と気がつく部分や、「ここはもう少しこうしてみよう」という視点も出てきた。

 研修でのこうした経験を生かし、長廣さんは自身の農場の作業の効率化を図ろうと、「段取り」をよりしっかりと考え、スタッフに手順を指示するようにした。ところが、その指示以上に効率化を実現したのは、実際に手を動かす中から生まれてくるパートスタッフの方々の創意工夫だったという。

「パートのみなさんは子育てを終えられた地元の女性の方がほとんどです。作業のはじめに僕が一応こういうふうにしてほしいと段取りを指示しますが、一旦仕上がりの状態が見えると、『この行程はこうした方が早くきれいにできる』など、みなさんからアドバイスが出てきます。それを取り入れて改善していったところ、作業時間が以前の2分の1にまで短縮できました」

作業効率が倍になるのは価値のあることだが、事業主である自身の指示通りではなくなってしまうことに抵抗はなかったのだろうか?
長廣さんに尋ねると、

「僕も今まで指示を出す立場の経験があまりないですし、パートさんに言われて気がつくこともたくさんあります。今でも最初は基本の指示を出しますが、あとは作業していく中で、みなさんでやりやすいように改善してもらっています」

長廣さんがこのような効率化に取り組む理由は、その先に「農業に携わる人の働きやすさの向上」を目指しているからだ。農業でも週5日勤務・週休2日という働き方が当たり前になれば、携わりたいと思う人が増えるのではないかと考えている。

「世間的に『農業は大変そう』というイメージが強いと思います。僕はそういうイメージを払拭していきたい。実際に大変な所もありますが、改善していける余地はたくさんあると思っています。農家の働き方として、できる限りひたすら働くという人も多いけれど、僕は、ここは力を抜いてもいいという部分を積極的に探りながら、できるだけ作業時間を減らすようにしています。僕自身、サラリーマン時代に仕事量が非常に多かったので、スタッフの方に過剰な負荷をかける働き方はさせたくないと思い、最初からスタッフは週休2日にしました。その分、僕は最初の半年間は休日もなく働きましたが、その後、週休1日は確保できています」

長廣さんの念頭には、自身の農場だけでなく、農業や地域の未来を明るくするための、大きな視野での効率化と改善のビジョンがあるのだ。

農業と地域の持続可能性へ向けて

そんな長廣さんに、農業の苦労と、それでも続けたいと思う面白みを伺った。

「苦労するのは、やはり自然条件に左右されることです。雪や台風などは自分ではどうしようもないことで、被害に遭っても誰に文句を言えるわけでもありません。昨年は台風でビニールハウスが損壊し、痛い出費になりました。しかし今の所、経営に壊滅的な打撃があるような被害は出ていないので、半分良い意味で諦め、次はどうやったら被害を無くせるかと考えながらやっています」

長廣さんは経営にあたり、融資や補助金制度も積極的に活用している。開業費は日本政策金融公庫から融資を受け、農業機器の購入や作業小屋を建てる費用にした。開業後は、農水省の農業次世代人材投資資金で生活面を支え、コロナ禍では持続化給付金、昨年はウクライナ侵攻の影響による肥料価格の高騰に対しての助成金も申請した。農業を持続することが、長廣さんのモットーだ。

では、農業を続けたいと長廣さんを駆り立てる原動力になっているものとは何だろうか?

「うれしいと思うことが大きく2つあります。一つはやはり、つくった作物をお客さんに食べてもらって褒めていただけること。地域の直売所にも出荷しているので、お店の方を通じてお客さんの反応を聞くことができ、励みになっています。もう一つは、農作業をしていると地域の人が『頑張ってるね!』などと声を掛けてくれたり、応援してくれたりすることです。僕が農業を始めたきっかけは地元の農地を守りたいという思いだったので、それが少しでもできているんだと実感できる。こうした人との温かいつながりを感じられるコミュニティが、僕のいる地域にはかろうじてまだ残っているので、これを未来へつなげていけたらと思っています」

コミュニティを未来へつなげていくためにも、長廣さんには農業に携わる仲間を増やしていきたいという夢がある。

「僕が農業を営んでいるのは、中山間地域の田舎です。このような地域でも無理なく持続していける営農体系を確立して、同じように農業に取り組む仲間をつくりたい。最初から独立就農はハードルが高いという人は僕の農園で雇って、関わる人を増やしていきたい。地域全体が過疎化してきているので、例えば地域全体で取り組める加工品などを開発したり、一つの作物にみんなで取り組んで産地化したりして、盛り上げていけたらと思っています。田舎で一人粛々と農業をしているだけでは先細っていくのは目に見えています。だからこそ自分だけがうまくいけば良いというのではなく、地域全体が持続可能な仕組みにしていくことが重要だと思います」

ふるさとを、ふるさとのまま、みんなで未来につなぎたい。その真ん中に農業がある。長廣さんのビジョンは、周南市の農家や住民はもちろん、日本各地の中山間地域の人々の願いとも言える。長廣さんから始まる次の時代の中山間地域のコミュニティや農業の進化が楽しみだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「農業は、自分の工夫や頑張り次第で成功をつかめる所が魅力です。ただしそれには、いろいろな知識や技術を蓄え、しっかりと準備をすることが必要です。何事も段取りをまず考え、より良い状態を目指して、効率化と改善をし続けていくことが大切ではないかと思います」