2023.03.22

移住先の高知県で思いがけない農業との出合い
ゼロから始めたイチゴを女性目線でブランディング

平岡美香さん/mikaberry
農園所在地:高知県宿毛市
就農年数:3年目 2021年就農
生産:イチゴ、オクラ

移住先で勧められた農業。イチゴ作りをゼロからスタート

高知県宿毛市で、夫婦でイチゴ農園を営む平岡美香さん。夫の豪さんが趣味の釣りで度々訪れていた縁で、「宿毛に住みたい」と考え、三男が生まれたことをきっかけに2019年に愛媛県松山市から宿毛市に移住。仕事をどうするか考えていた時に、元々農業に興味があった夫が市役所に相談した結果、農業公社の『一般社団法人 スタートアグリカルチャーすくも』を勧められたという。

平岡さんが研修を受けることになった「スタートアグリカルチャーすくも」は、イチゴ農家の担い手育成を目的として2019年に発足した宿毛市の農業公社。研修中は収入を得ながら栽培の技術や農業機械の操作などを学ぶことができる。公社の見学で初めてビニールハウスに入ったという平岡さんだが、その時に「農業をやるんだ」と踏ん切りがついたという。研修で実践を積むうちに、農業が自分に向いているとも感じるようになった。

「調理師専門学校を卒業して、飲食店や保育園での調理の仕事や、生花店での販売員などをしてきました。どれも農業とは畑違いですが、いま思えばそうした経験が活きています。調理の経験は、食べる側の目線に立って考えるのに役立ちますし、生花店での経験は野菜作りと共通点があります。あと、農業は子育てみたいだなと思うことも(笑)。イチゴのハウス内を快適に温度に保つことは、体調管理にも似ています。農業の経験は浅くても、分からないなりに考えるのは楽しいですね」

農業経営は、ただ野菜を作るだけではない

同じ作物でも環境が変われば、栽培の仕方も変わる。研修先のハウスでの栽培に慣れても、別のハウスではうまく育つとはかぎらない。それならば、1年でも早く自分の農園で栽培を始め、技術を身に付けたいと考えた平岡さん。研修は2年まで受けられるが、あえて1年で就農することに。自信はなかったが何とかなるだろうと、研修終了の時期を5月に決めた。しかし、肝心のハウスがなかなか見つからない。中古のハウスを無償で譲り受けることができたのは、研修が終わる3カ月前だったという。これを夫婦で協力して解体して、借りた土地に移設。修繕には新規就農者向けの無利子の融資を受けて活用した。

就農前はただ野菜を作っているイメージだったという平岡さんが、実際に始めて痛感したのが資金繰りの大変さ。農業経営は時期によって収入が変動する。ハウスではイチゴを12アール、オクラを3アールの面積で栽培しているが、それぞれ収穫時期が限られる。イチゴを収穫できるのは半年間、オクラは3カ月間。残りの4カ月間は無収入だ。新規就農者育成総合対策(経営開始資金)の給付を受けているとはいえ、ハウスの維持費などは通年かかる。初めはペースをうまくつかめなかったという。

農業は〝黙々と作業する〟イメージだったという平岡さんが意外に感じたのは、人との関わりが増えたこと。散歩途中にハウスに立ち寄ってくれる人、スーパーに品出しに行くと声をかけてくれるお客さんや店員さん、農業を通して地域の人と話す機会が多くなった。「おいしかった」「もっとほしい」、そんな言葉をもらうたびに「もっといいものを作らなくては」という思いが湧いてくる。ハウスの組み立ての際、道具がなく苦戦しているのを見た近所の人が重機を使って助けてくれたこともあったという。さまざまな人とのつながりの中で、地域に支えられていると感じている。

SNSも活用し、女性目線でブランディング

 イチゴの主な販路はJAや市内のスーパーマーケットだが、昨年からは産直通販サイトでも販売を開始。安定した農業経営を実現するために、卸すだけでなく、直売など複数の販路を持つことを意識しているという。なかでも、特に力を入れているのがブランド化。公社での研修時からインスタグラム(@mika_flat_hill)などのSNSで情報発信を続け、自身の名前を冠した「mikaberry」の名で、ファンづくりに取り組んでいる。また、情報を得る手段としてもSNSを活用。全国のイチゴ農家の栽培方法などを調べたり、質問したりして参考にしているという。

「イチゴを購入するのは、ほとんどが女性やお子さんがいる家庭。農業というと男性の力仕事のイメージがありますが、デザインとか売り方とか、思いのほか細かな作業も多いので女性目線が大事なんです。パック一つとってもデザインによって印象がまったく変わるので、どうしたらおいしそうに見えるかをいつも考えています。印象的だったのは、近所のおばあちゃんがお孫さんのためにイチゴを持って帰りたいとハウスを訪れたときのこと。そのときは発送用の黒い化粧箱に入れたのですが、後でお孫さんが『まるで宝石みたい!』と喜んでいたと、わざわざ言いに来てくれたんです」

昨年からは、業者に製造を委託しての6次化の取り組みも始めた。完熟イチゴをふんだんに使ったタルトをふるさと納税と産直通販サイトで販売。今後は規格外のイチゴをジャムに加工するなど、年間を通じて収入を得られる加工品の販売にも力を入れている。現在はイチゴの引き合いが多く、生産が追い付かない状況。今後はオクラの栽培面積を減らし、イチゴの生産量を増やしていく予定だ。

子育てをしながらの農業、家族経営の良さと難しさ

シーズン中は、朝早くから夕方まで農作業。野菜が相手なので定休日はなく、保育園や小学校が休みの日には、ハウスに子どもたちを連れてきて作業をする。「忙しくはあっても、自分のペースで仕事ができるのが利点」という平岡さん。夕方には作業を切り上げ、毎日家族で食卓を囲んでいる。子どもの発熱で迎えが必要な時などは時間の融通が利き、雇われている時よりも気が楽になったという。

移住後、林業に就いていた豪さんも、2022年からは農園に専念することに。夫婦で農園を営んでいる中で、意見の違いや難しさはないのだろうか。

「夫婦間でのささいな意見の違いは多々あります。どうしても曲げたくないことは私も主張しますが、夫が良かれと思って言っていることなので、なるべく尊重するようにしています。目指す方向は一致しているので、大きな問題にはなりませんね」

移住先で0からスタートした農業。3人の子どもを育てながら、慣れない土地での慣れない作業には相当な苦労があるだろう。そんな中でも仕事と家庭のバランスをうまく取りながら、気負うことなく自然体でいる平岡さん。話を聞いていると、その端々に自身が作るイチゴへの愛情や地域への思いが感じられる。mikaberryはこれからもファンを増やし続けていくだろう。

就農を考えている人へのメッセージ

「農業は自分一人では抱えきれないもの。近所と協力しなければならないことなどもたくさんあり、地域の人との関わりが何よりも大事です。野菜作りは全部がうまくいくわけではないので、周りの人との協力は欠かせません。就農した後も、意識して近所の方とコミュニケーションを取っておくのが良いと思います」