2023.03.24

地元の新潟県で新規就農。
自家栽培野菜を使う飲食店開業を目指して

髙橋和宏さん
農園所在地:新潟県新発田市
就農年数:3年目 2021年就農
生産:ブロッコリー、長ネギ、ナス、オクラ

地元で就農したのは飲食店開業の夢をかなえるため

新潟県新発田市で農業を営む髙橋和宏さん。50アールの圃場で、露地栽培でブロッコリーや長ネギなどの野菜を作っている。髙橋さんには夢がある。それは、自家栽培の野菜を使った料理を供する飲食店を持つこと。今年秋のオープンに向けて、農作業の合間を縫って店舗の改修を進めている。

新発田市(旧・加治川村)の出身で大学進学を機に県外へ出たが、卒業後は新潟県に戻り就職。営業職として7年間働いた。元々、地元で何か起業したいという思いがあり、会社員時代に「飲食店を開こう」と決意。調理の経験を積むため、新潟市内の創作和食の店に転職し、厨房で料理の腕を磨いた。ところが、妻が病気を患いそばにいたいとの思いで飲食店を退職。快方に向かうと、就農に向けて動き出した。飲食店の開業に先立って、農業を始めたのはなぜだろうか?

「元々、やりたかったのは農業ではなく飲食店。それも何か特徴のある店にしたかったんです。そこでコンセプトを『自分が育てた野菜を使う飲食店』に決めました。実家は兼業農家で、父は米作りをしています。私は3人兄弟の末っ子で、田んぼで遊んだ記憶はありますが、農作業を手伝うこともなければ、将来、農業をやろうとは思いませんでした。父に農業をやりたいと話すと、収入が安定しないと反対されました。それでもやりたいと言うと、父は応援してくれました」

就農するまでに苦労したことは、適当な農地が見つからなかったこと。空き農地はあるものの、狭かったり、形がいびつだったり。生活していくに足る収量を得るには、ある程度の耕地面積が必要だ。畑の形も生産性に影響を与える。農地が見つかるまでの間、近隣の農家などでアルバイトとして働き、ブロッコリーや長ネギの作り方を学んだ。「やわ肌ねぎ」と呼ばれる長ネギは新発田市の特産品で、市が生産を奨励する品目にも指定されている。白い部分が太く、柔らかくて甘みがあるのが特徴。いまではブロッコリーと並んで、髙橋さんの主力作物だ。

海パン、蛍光色のTシャツ姿で農作業をする理由

市役所に農地探しの相談に行ってから10カ月が経ち、ようやく求めていた条件の農地が見つかった。こうして2021年に独立就農。就農にあたっては、最大5年間の給付を受けられる農業次世代人材投資資金を利用した。また、農機具や設備を導入する際に1/2の助成が受けられる農業者向けの補助金も活用して物置や収穫用品を購入。父や友人から重機や道具を借りるなどして、初期投資を抑える工夫も行った。

屋外作業が多い農家では、肌を露出させない服装が基本だ。しかし、髙橋さんはTシャツ×海パンスタイルで農作業を行う。その理由を尋ねると、こんなエピソードを話してくれた。

「法人の農家で働いていた時に、先輩農家から掛けられた言葉が印象に残っています。『若い農家は地味じゃだめ、服装を変えろ!』と。言われたとおりに作業服を着るのをやめて、夏は海パン、蛍光色のTシャツ姿で作業しています。近所のおじいちゃんやおばあちゃんからは『なんで海パン履いてるの?』と聞かれますが、『目立ってなんぼです!』と答えています(笑)。奇抜なようですが、その先輩農家には農業の暗いイメージを払拭すべきだという考えがあったのだと思います。実際に売り上げにもつながっているんですよ」

チャンスやヒントは人とのつながりの中にある

農作業は髙橋さん一人で行っている。夜型の会社員時代とは打って変わって、早寝早起きの生活に。野菜は暑い日中に収穫すると傷みやすいため、野菜に負担がかからないよう朝早くに収穫する。いざ自分で作り始めてみると、虫食いや病気など、うまくいかないことも多い。年によって天候が変わるため、同じように植えても同じように育たない難しさもある。こればかりは経験を積んで覚えていくしかないと話す。

苦労がある一方で、種を植えて大きく育ち収穫までもっていく喜びがある。そして何よりもお客さんからもらう言葉が励みになっている。現在の販路は、JAへの出荷と自宅前での直売。直売を始めたのにはきっかけがある。いつもは作業小屋に野菜を運んで出荷の準備をするが、その日はたまたま自宅前で作業をしていた。すると通りかかった人から「販売してるの?」と声を掛けられた。そして、思いがけず野菜が売れた。ならば直売所を作ってみようと、自宅前に直売コーナーを設けて野菜を置くように。採れたての野菜だから鮮度は抜群。口コミでお客さんが増えていった。農作業があるため、基本的には無人販売だが、出荷作業の時は対面で販売している。

「卸すだけでは生活者と接する機会はありませんが、直売はお客さんの声を聞けたり、人とつながることでチャンスに結びついたり、プラスになることも多いです。『おいしい』、『ありがとう』と言葉をもらうたびに農業をやっていてよかったなと思います」

人とのつながりの中で売り先が広がり、就農3年目にして当初立てた売上目標に徐々に近づいているという。今年からは稲作も始めることに。それも計画したことではなかった。

「実家の近くの米農家が亡くなり後継ぎがなく困っていると、父から話がありました。いま抱えている畑仕事と店の開店準備もあるので余裕はありませんが、他にやる人がいないならやってみようと引き受けました。初めてのことなので不安はありますが、新しいことにチャレンジするのが楽しみです」

農業と飲食店を両立。地元の人に喜んでもらうために

髙橋さんは農作業の傍ら、自宅の近くの空き店舗で飲食店の開業準備を進めている。「お店を開きたい」といろいろな人に話していた中で、知人が紹介してくれた物件なのだとか。アイデアを練りながら、自らの手で壁や床などの改修を進めている最中だ。

こぢんまりとした店内、夕暮れ時になると地元客が店の戸を開ける。髙橋さんが厨房に立ち、おいしい料理で客人をもてなす。主役はもちろん自家栽培の新鮮野菜。新潟の海で取れる魚や新発田のブランド和牛など、地元食材もふんだんに使う。店の一角には野菜の販売コーナーもある……。髙橋さんのあたたかい人柄が表れるおいしい野菜や料理は、地元の方にも旅行客にも喜んでもらえるはずだ。

直売所の設置や稲作への挑戦など、必ずしも全てが計画通りというわけではない。たくさんの人とのつながりの中に、思わぬきっかけやチャンスがある。それに気付いて取り入れていくことで可能性が広がっていく。開店は夢の実現ではなく、夢の始まり。農業と飲食店を両立させていくという髙橋さんのこれからが楽しみだ。

就農を考えている人へのメッセージ

「人とのつながりの中にヒントやチャンスがあります。自分の夢ややりたいと思っていることを発信することが大事です。そうすることで自分の取り組みに興味を持ってもらえたり、協力してもらえたりします。頭の中だけで考えているよりも、人と話すことでさらに良い方向に進むと思います。一人で悩んでいるよりも誰かに相談しましょう」