2023.06.06
九州の公務員から、北海道の農家へ
輪作による土づくりで叶える無農薬・無化学肥料栽培
榎本 和樹さん・亜沙さん / 自然菜園らっちゃこ
農園所在地:北海道栗山町東山地区
就農年数:8年目 2016年就農
生産:キングメロン、トマトなど(ハウス栽培)
農業への思いを持ちつつも市役所に就職
「やっぱり農業がしたい!」と、北海道へ
のどかな田園風景が広がる北海道・栗山町は、札幌から車で1時間ほどの場所にある。ここで「自然菜園らっちゃこ」を営んでいるのが榎本和樹さん、亜沙さん夫妻だ。手掛けるのは、キングメロンとトマトをメインとした無農薬・無化学肥料の野菜。「らっちゃこ」とはアイヌ語で「ともしび」という意味で、「安心・安全なだけでなく、環境と調和することで千年先まで続けられる農業」「食卓に明るい灯をともせるような野菜たちを届けること」を目指して、この名前をつけた。
2016年にこの農園をスタートさせた榎本さん夫妻だが、実は二人とも北海道への移住者だ。和樹さんは遠い九州の長崎県、亜沙さんは埼玉県出身。そんな二人がどのようにしてこの地を選び、「らっちゃこ」を作ったのかを和樹さんに聞いた。
「高校時代から農業に興味はありました。きっかけは覚えていないのですが、森の本や自然と暮らす人々の本を読み漁っていて、その影響かもしれません。大学では環境学を学び、農業への思いを持ちつつも卒業後は市役所に就職して公務員になったんです」
「どうすれば農家になれるかも分からず、とりあえず自立するために現実的な道を選んだ」という和樹さん。しかし、働いていくうちにどんどん農業への思いが強くなり、4年目で市役所を退職。農家になるために、北海道に向かった。
「北海道は幼いころから家族でよく旅行に来ていた場所。就職してからも何度か旅行に訪れたり、就農フェアに参加したりして、農業をするのなら北海道でと心に決めていました」
この時すでに幼い息子さんがいた和樹さんは、親子2人で北海道に移住。就農フェアでの助言をもとに、「まずは研修で農業を学ぼう」と研修先探しをスタートした。そして、およそ100品目を栽培する恵庭市の農業法人に研修生として入ることになった。
「公務員時代の蓄えが少しはありましたが、就農資金として十分ではありませんでした。ただ、給料をもらいながら研修できる制度がありましたし、生活するうえで困ることはありませんでした」
栗山町で出会った特別なキングメロン
第二の研修先で栽培技術を学び、自分たちのハウスでも実践
農業法人での研修で初めて本格的に農業に携わった和樹さん。まずは、憧れの農業の道に飛び込めたことに喜びを感じたという。しかし、大きな農業法人だったため、分業制も進んでおり、1つの作物の栽培方法やノウハウを一貫して学ぶのは難しかった。
「研修では農作業はもちろん、農業がいかに天候に左右される仕事なのか、自然相手の仕事の難しさなども学びました。しかし、自分で農家をやっていくためには、何を、どこでつくるかを決め、その栽培方法をじっくり学ぶ必要があります。だからこそ、第二の研修先を探すことにしました」
最初の研修先で、埼玉から研修に来ていた亜沙さんと出会った和樹さんは、二人で就農しようと、北海道中の農家を見て回った。農薬や肥料に頼らず、自分たちならではの農業をしたい。そう考えていたものの、まだ何を栽培するのかは決めていなかった。そこで出会ったのが、栗山町のキングメロン農家だ。
「研修先で知り合った知人から、栗山町に高い技術力を持つ、美味しいキングメロンを作っている人がいると聞いて訪問したんです。小さな家族経営の農園でしたが、驚くほど美味しいキングメロンを栽培していて、ぜひここで学びたい!と思いましたね。化学肥料を使わず、無農薬に近い栽培をしていたことにも魅力を感じました」
栗山町はもともと新規就農者の受け入れに積極的だったこともあり、無事にこの農園で研修を受けられることになった二人。ここで土づくりを含め、種付けから収穫まで全てを学んでいった。
幸運だったのは、研修スタートと同時に近所に農地を借りられたこと。研修先の紹介で、引退した高齢のメロン農家が「使ってくれるなら」と、快く二人にハウスごと土地を使わせてくれた。農機具なども譲り受けることができ、和樹さんらは研修先で学んだことを、すぐに自分たちのハウスで実践できたのだ。
「本当にありがたかったですね。2年間の研修の中で、学びながら実践することを繰り返し、自分たちならではの工夫や挑戦をしていきました。分からないことがあれば、すぐにアドバイスをくれる人がすぐそばにいるので、心強かったですし、早く成長をしたいとも思っていました」
そして2016年に独立して「自然菜園らっちゃこ」を開園。広さ87アールの土地で、キングメロンとトマトなどを栽培するようになった。
土づくりにこだわり、輪作体系を採用
健康な土だからこその無農薬・無化学肥料栽培
就農から約8年。117アールまで土地を増やして無農薬・無化学肥料農業を営む榎本さん夫妻が、最も力を注いでいるのは「土づくり」だ。
「就農時から、私たちは『植物は、植物に育ててもらう』という考えのもと、農薬や化学肥料を使わない農業を目指してきました。自然界では、植物は肥料を与えなくても元気に生長していきます。それは自然の営みのなかで微生物などが養分を作り、健康な土を作ってくれるから。より安全で美味しいものを、生態系を崩さずに作っていくために、私たちは土づくりにこだわり続けています」
土が痩せないために採用しているのは輪作だ。同じ土で同じ作物を続けて作らないことで、土の中の微生物のバランスが偏らないようにしている。
「メロンを作った土地には、次の年はトマトを植えます。これによって、土が健康になり、そこで作られる作物も健康に、害虫に負けない生命力を持つことができます。私たちが使う肥料は、植物を育てるためでなく、土を育てるためのもの。自然の力を借りれば、その量はほんの少しでいいんです」
無農薬・無化学肥料の農業は、手間とコストがかかる。そんなイメージを覆すかのように、和樹さんは「うちの農園では肥料や農薬にお金がかからない。例えば肥料として使っている米ぬかなどは、周囲の精米店などから無料でいただくことができます」と言う。ただ、健康な土は放っておけばできるものではない。知識と技術が必要だからこそ、和樹さんは自ら学び、研修先で得た経験をもとに何度も調整をしながら、土づくりの実験を繰り返してきた。
「思い通りにいかないこともたくさんありました。でも、農業に携わるようになって、それが当たり前だと思えるようになりましたね。どれだけ手を尽くしても台風が来たらひとたまりもないように、自然を前にしたら、私たちは諦めずに挑戦し続けることしかできません」
そんなこだわりの土で育まれたキングメロンや、栽培期間中一切水をやらない栽培法で育てられたトマトは、風味豊かで味が濃く、抜群に美味しい。いつしかリピーターも増えていった。
通販で広がるメロンの輪
「自分で選択できること」が農業の魅力
「らっちゃこ」の現在の販路は通信販売がメインとなっている。無農薬・無化学肥料であり、手間暇をかけて栽培された農産物に、農協の共同出荷は向かないと判断したからだ。
「通販で顧客がつくまではかなり苦労しました。自然食品の店舗に売り込みにいったり、マルシェに出店して食べてもらったり。地道な活動を経て、名前を知ってもらい、購入後にリピーターになってくれる人も増えてきました」
1玉数千円になる「らっちゃこ」のキングメロンは贈答品として使われることが多い。顧客とのメールのやりとりで、「とても喜んでもらえた」と聞くと、丁寧に作ってきてよかったと感じることができる。こうしたコミュニケーションが毎年続いていくことが、和樹さんたちのやりがいになっている。
また一方で和樹さんらは、開園当初から注文1件につき、1玉のメロンを北海道内外の児童養護施設に寄贈する活動も行っている。
「私たちにも子どもがいますが、子どもたちが夢中になってメロンを頬張る姿や、美味しいと言ってくれる笑顔は何ものにも代えがたいものです。贈答品となることの多いメロンですが、子どもたちにはもっと身近に、どんどん食べてもらいたい。そんな思いでこの活動は続けています」
公務員から農家に転身した和樹さんは、今、「農家になってよかった」と思っているという。
「朝から夕方まで働き、子どもと一緒に向かい合ってご飯を食べられる今の生活は理想的だと感じています。農業の魅力は、何もかも自分で選択ができること。何を、どんな方法で、どのくらい作るのかを自分で決められるので、自分たちらしい農業スタイルを築くことができます。その分難しいこともありますが、自分の理想を叶えられる魅力的な職業だと思います」
和樹さんは今後、周囲の新規就農者と連携して「食育」などにも関わっていきたいという。例えば、子どもたちに収穫体験をしてもらうことで、もっと農業を身近に感じてもらえれば。開園から8年。「らっちゃこ」の挑戦はまだまだ続いていく。
就農を考えている人へのメッセージ
農業は経験を積むのに時間のかかる職業です。メロンは年1回しか栽培できないので、就農8年目でも、8回しかメロンづくりを経験できません。だからこそ上手くいかないことがあっても、諦めないで地道に挑戦をし続けることが大事。ぜひ、1回の失敗で落ち込まないでください。
自分でハンドリングできる職業だからこそ経営面の注意も必要です。初期投資で多額の借金をしてしまうと焦りが出てきてしまう。給与がある研修期間中に資金を蓄える、地域の就農支援制度をできるだけ利用するなど、お金を借り過ぎない工夫をしましょう。
移住をして就農する場合は、「郷に入れば郷に従え」です。サラリーマンの常識は通じないのが当たり前。自分の考えを押し付けず、地域の農家さんの声を聞き、理解して、信頼関係を深めていくことが何より大事だと感じています。