2023.11.06

祖父から学んだ農業を、仲間と楽しく続けていく。
「農業×YouTube」で切り拓く、自分なりの農業スタイル

川村雄祐さん/たわらファーム
youtubeチャンネル「たわらファーム-農園ものがたり-」運営
農園所在地:岐阜県関市
就農年数:5年目(2019年就農)
生産:ハウス栽培にて冬春トマト、各種露地野菜、2023年からイチゴ栽培をスタート

「祖父母が続けてきた農業を絶やしたくない」
内定を辞退し、農家の道へ

緑豊かな岐阜県関市でトマト栽培を中心に農業を営む川村さんは、就農5年目の若手農業者だ。祖父母がキュウリやトマトを栽培する農家で、幼いころから農作業をよく手伝っていた。しかし、両親はサラリーマン。長男である川村さんが農家を継がなければ、祖父母が営んできた農家はここで途絶えることになる。「祖父母が愛情を注いで耕してきた畑を、誰も使わなくなってしまうのはもったいない」。そんな思いで、農業への道を選んだ。

「大学は経営学部で、卒業後はWEB制作会社でWEBデザイナーを目指そうと思っていました。内定も決まっていたのですが、卒業を前にふと本当にこの道でいいんだろうか、と思ったんです。自分が農業をやらなければ、きっと祖父母が続けてきた農業はここで途絶えてしまう。いつかは自分が農業を継ぎたいと以前から考えていて、WEBデザインの仕事も野菜の直販サイトを作る際に役立つと思って決めた仕事でした。でも、今は元気な祖父母も、この先ずっと元気なわけではありません。“いつかは” ではなく、“今すぐにでも” 学べることを学んでおくべきなんじゃないか。そんな気持ちが大きくなり、内定を辞退して農業の道に進むことを決めました」

就農を決めてからは祖父母のもとで一緒に農業に取り組んだ。今までは、「手伝い」だったが、「本業」として主に祖父から農業を学び始めた川村さん。約2年間、ここで農作業を学び、年間の仕事の流れを体に染み込ませていった。

「祖父はずっと農業一筋でやってきた人。その経験から導かれるアドバイスや指導には重みがあり、少しも取りこぼさず自分の力にしなくてはと思っていました」

信頼を寄せる祖父が、独立を目指す川村さんに勧めたのが、トマトのポット耕栽培だった。修業中に川村さんは何を栽培する農家になるべきかを二人で考えていたとき、トマトのポット耕栽培をしているハウスを見学し、「これが、これからの農業の姿。お前もやってみなさい」と背中を押してくれたのだという。

「祖父はキュウリなどを中心に露地栽培で野菜を作っていて、慣行栽培における作業の大変さや、利益を出すことの難しさを実感していました。だからこそ効率がよく、管理や経営がしやすい道を選んだ方がいいとアドバイスをくれたんです。ポット耕栽培は初期投資がかさむのですが、管理が圧倒的に楽で、病気が発生した時のリカバリーもしやすい。その点からも今後長く続けるならば、こちらを選ぶほうがいいと勧められました」

トマト農家として独立。
野菜の育て方を紹介するYouTubeもスタート

祖父母のもとで修業を積んだ後、川村さんは2019年にトマト農家として独立した。栽培するのは冬春トマト。新たに借りた16aの土地にハウスを建て、ポット耕栽培の設備や環境制御システムを導入するなど、最新型の農業スタイルを採用した。

「ポット耕栽培の経験はなかったので、ポット耕栽培の設備会社で3カ月ほど研修をさせてもらいました。その間に、ポット耕ならではの栽培方法や管理の方法などを学び、自分のハウスで実践していきました」

あえて農業大学校や他の農家への研修には行かなかったのは、「農業の師匠は祖父。祖父から学べることを全て学びたい」という思いがあったからだ。また、幼いころから頻繁に農作業を手伝ってきたので、ある程度の農業知識はあった。とはいえ、新たにスタートさせたポット耕栽培は、そうそう簡単に軌道に乗るわけではない。

「1年目は大変でしたね……。トマトの苗が半分ほど萎れてしまい、それを全て植え直すことになりました。もちろん収益は伸びず、落ち込みました。でも、どうにかするしかありませんから。すぐに切り替えて、挽回する方法を探りました」

トマト栽培をスタートするにあたって青年就農給付金も活用したが、それでも借入金は4000万円ほどあった。これをしっかりと返済していかなくてはならないという事情もある。そのため、トマトの販路は利益率の高い直売所での販売を選択。すべてを直売所に出荷することにした。

また、同時に考えたのがリスクヘッジの方法だ。気候や病気などに左右されやすい農業において、農業1本で確実に利益を出していくことは難しい。そこで、就農2年目から「たわらファーム-農園ものがたり-」というYouTubeチャンネルを開設し、野菜の育て方の動画を投稿するようになった。YouTubeは投稿した動画の再生回数により、広告収入が発生するため、需要を捉えた動画を投稿すれば貴重な副収入を得られる可能性がある。

「動画投稿をスタートしようと思ったきっかけは、当時、自分が欲しい動画が見当たらなかったから。初年度にトマトが萎れてしまったときや、病気が出てしまったときに、よくインターネットで対処方法を検索したんです。でも、なかなか欲しい情報や、分かりやすい動画に辿り着けなくて……。だったら自分が発信していこう。需要はあるはずだ! と思いYouTubeへの動画投稿を始めました」

初投稿から現在3年が経ち、「たわらファーム-農園ものがたり-」はチャンネル登録者数12.9万人の人気チャンネルに成長した。約95万回再生されている「トマト:本当によく育つ脇芽の取り方」の動画には、トマト栽培初心者から農業者までの幅広い視聴者から「脇芽を取る理由や注意点などが、とても分かりやすい」「脇芽を取るタイミングがよく理解できた」などたくさんのコメントが届いている。

「投稿を始めた頃は動画の再生回数が全く伸びず、諦めかけたこともありました。でも、家庭菜園をしている方が定植するタイミングや、脇芽取りなどの各種作業が必要になる頃合いを見計らって関連動画を投稿すれば、どんどん見てもらえるようになりました。必要な情報と丁寧な説明を適切なタイミングで出していけばいいんだ、と今では少しずつコツをつかめてきたように思います」

 

誰と一緒に働くかを大事にしたい。
従業員も増え、新たにイチゴの生産もスタート

YouTubeの動画を通して「誰かの役に立っている」と実感を得られたことは、川村さんの自信につながった。少しずつ農業も軌道にのり、農地も拡大。就農5年目となった今年、2023年には約70aの農地を新たに借り、16aほどの土地にハウスを建てイチゴ栽培をスタートした。また、残りの土地を使って露地野菜を作り、こちらも収益化を目指している。さらに人員も次第に増員し、現在は4人の仲間を雇用するようになった。

「動画の収入は、農業経営を安定させるうえでの安心材料になってくれています。それをもとに新たな挑戦もできますし、人員も増やしていくことができました」

つまり現在の川村さんは、「動画配信で得た収入をもとに農業を拡大し、農家として売上と規模を確立。これにより動画での発言に説得力を持たせ、さらに動画がたくさんの人に見てもらえるようになる」というサイクルを回しているのだ。

「自分にとって農業は、仲間と一緒にできる楽しい仕事です。何を作るかよりも、誰と一緒に働くかが大切だと感じていて、仲間が挑戦したいことは叶えていきたいと思っています。今年から、ずっと挑戦したいと考えていたイチゴ栽培もスタートし、イチゴ狩りもできるように計画中です」

この挑戦のために、川村さんはまた新たな借入金を抱えることになったが、「経営計画通りに、これもしっかりと返済ができる予定だ」と淀みなく語る。そして、「今後も、農業とYouTubeの両輪で経営を安定させつつ、一緒に農業に取り組んでいる仲間が幸せになれる道を進んでいきたい」と未来を見据えていた。

地域で活躍する農業団体になって、農業を活性化。
農業の担い手を増やし、祖父に誇れる仕事をしていきたい

さらに川村さんは、「地域で活躍する知名度のある農業団体になっていきたい」という目標も持っている。そこから地元農業を活性化し、若者たちの農業参入を促進していきたいという思いがあるのだ。

「今、この地域では60歳以下の農業者が本当に少ないんです。自分自身も農家になる、と友達に告げると “食べていけるのか?” “大変そう” とずいぶん心配されました。でも今ではその友達が、僕が楽しく農業経営をしている様子をみて、“すごいね、農業って楽しそう” と言ってくれています。自分たちが生き生きと農業をしている姿をもっとたくさんの人に知ってもらえれば、農業のイメージを変えることができるはず。そのために自分にできることがあるなら、やっていきたいですね」

インタビューの最後に、師匠である祖父は現在の川村さんの活躍をどう見ているのかを尋ねると、「喜んでくれています」とうれしそうな笑顔が返ってきた。YouTube動画で知名度が上がり、企業からの見学者も増えた川村さんの農園。独立から数年、自らの力で新たな農業スタイルを実現しようとしている孫の姿を、祖父は温かく見守っているのだ。

「祖父はYouTubeの見方を知らないので、僕の動画はおそらく見たことがありません(笑)。でも、何か作業をするときに “動画は撮らなくてもいいのか?” と尋ねてくれたりするんです。気にかけてくれていることが、まずうれしいですね。今、自分が農業をしていられるのは祖父のおかげ。今でも僕の畑やハウスの様子を見に来てくれて、手が回っていない部分をそっと補ってくれたりする祖父は、ずっと僕の師匠。本当に感謝しています。これからも、祖父が喜んでくれる仕事をしていきたいですね」

就農を考えている人へのメッセージ

人生の時間において、仕事の占める割合はとても大きいものです。だからこそ、楽しいと思える仕事をしたいと思っていました。僕にとって「農業」はまさに「楽しいと思える仕事」。農家の仕事を楽しいと感じられる人は、ぜひ、挑戦してみてください。

ただ、1人でがんばるのはお勧めできません。農作業は黙々とやる仕事も多いので、どうしも孤独になりがちです。そうなるとなかなか続けていくことは難しいもの。でも、誰がと一緒に取り組むだけで、孤独は解消され、一気に楽しさが増します。誰と一緒に仕事をするかは本当に大切。ぜひ、一緒に農業に取り組むパートナーや仲間を見つけてがんばってみてください。

 

「After 5 オンライン就農セミナー」にて、川村さんをゲストに就農までの経緯やご自身の体験談を語っていただきました。その様子を下記の動画よりご視聴ください。