2023.12.05
最新技術を採用したナス栽培で作業を省力化、
最適なワークライフバランスを実現する
西尾 宗之さん
農園所在地:高知県安芸郡田野町
就農年数:3年目(2021年就農)
生産:冬春ナス
アルバイトで新しいナス栽培と出会い就農を決意。
地域おこし協力隊として地元へUターン
冬春ナスの一大産地として有名な高知県。その東部にある四国一小さな町、田野町でナスの養液栽培を手がけているのが西尾さんだ。独立して3年目となるこの秋、新しく自分のハウスを建て、ナス農家として新たなステージに挑戦している。
「ナス農家の仕事は自分の性格と相性が良く、しんどいと感じたことがないですね。もちろん、時期によって忙しくなることはありますが、それも含めて楽しめています。ナス農家は天職だと感じています」
田野町で生まれ育った西尾さんだが、農業に初めて触れたのは30才になってから。20代の10年間は、大阪で携帯電話や住宅関連の販売員をしていたという。接客業に携わる中で「人と関わる仕事は自分にはあまり向いていない」と、当時勤務していた店の閉店を機に、地元高知へと戻った。
田野町へ戻る前にまずは高知市で仕事を探し、たまたまアルバイトとして働き始めたのが、「ゆめファーム全農こうち」という国内最大規模(1ha)のナスの実証ハウスだった。建てられたばかりの「ゆめファーム全農こうち」では、最新の栽培技術と設備を備え、省力化・高収量化を目指した取り組みが行われていた。働き始めてまもなく、西尾さんは農業の魅力に気づいたという。
「小さい頃から近所の農家の仕事はよく目にしていたけれど、ハウスの中は暑そうだし、大変だろうなと思っていました。最初から農業に興味があったわけではなく、次の仕事が見つかるまで、という気持ちで『ゆめファーム全農こうち』で働き始めたんです。でも、環境・灌水制御装置が完備されたハウスでのナスの栽培は、思っていたより大変ではなくて。それに黙々と作物に向き合う農作業が、自分には心地よかったんです」
2年間「ゆめファーム全農こうち」で働くうちに、就農への意識が高まった西尾さん。土地の探しやすさや、町役場などにも知り合いがいて相談しやすいこと、ナス栽培の環境が整っていることから、地元の田野町へ戻ることを決意した。
そして、町役場での就農相談を経て、「地域おこし協力隊」として高知市から田野町へUターンし、ナス農家になるための研修をスタートすることにした。
研修先は、希望する養液栽培を行っている3軒のナス農家だった。それぞれの農家に8か月ずつ通い、合計2年間を研修期間にあてた。
「独立する時には、『ゆめファーム全農こうち』で経験した養液栽培でナスを作りたいと考えていました。田野町では従来型の土耕栽培をしている農家が多のですが、この3軒は養液栽培に取り組んでいたため、自分からお願いして研修に行かせてもらいました」
最小の労力で、最大の収量を!
重労働のイメージを覆す、新しい農業に挑戦
2021年8月、研修を終えた西尾さんは、いよいよ農業経営をスタートした。最初の2年間は田野町から借りたハウスでナスを栽培。そして、その実績を元に3年目にして念願の自分のハウスを建てることができた。
「田野町には、新規就農に手厚い支援制度があり、独立しやすい環境が整っています。例えば、ハウスの貸し出しや、研修を終えて農業経営を開始する人への補助金交付制度もあり、最長5年間、農業が軌道に乗るまで収入を支援してくれるのでとても助かりました。ハウスを建てる際には5000万円ほどの費用がかかりましたが、補助金と融資を受け取ることができたので、返済に時間はかかるものの、自分でハウスを持つハードルは下がりましたね」
現在は18a(1800㎡)の新しいハウスで、冬春ナスの養液栽培に取り組んでいる。2700本の株を定植し、目標は47トン収穫、1800万円の売り上げを出すことだ。
目標を達成するために西尾さんが取り組むのは、「省力化」「高収量化」だ。
例えば、土を使わない養液栽培を選択することで、土づくりや土寄せなどの作業が省略できるほか、雑草が生えないので除草作業も不要になる。さらに、環境制御型ハウスを採用しているので、日照時間や温度、湿度、CO2濃度、灌水条件などがナスの育成に適した状態になるようパソコン管理でき、成長を促進して収量の増加が見込める。
そしてナスの品種はというと、単為結果(受粉なしで実をつける)をする「PCお竜」を選択。従来品種の「竜馬」では、着果のためにハチによる受粉や植物ホルモン剤が必要だが、ハチの管理やホルモン処理は手間がかかる。それに比べ、「PCお竜」は花が咲くとそのままナスが実るという。
「昔から農家は重労働というイメージがありましたが、今は自動化が進んでいます。雨が降ればハウスに行って窓を閉め、暑くなれば開けに行く、ということをしなくても、天候や気温に応じて窓は自動的に開閉してくれるんです。また、着果処理の不要な品種が登場したことで、農作業の負担が大幅に減り、18a規模のハウスでも一人で無理なく管理することができています」
お竜は樹勢が弱り易い傾向にある為、強勢台木に接木するなどの対策をとっている。
新しいハウスで9月に定植したばかりのナスは、これらの対策がうまくいき、想定量を上回る収量が採れているという。
ずっと農業を続けていきたいからこそ、
プライベートも充実させる就農スタイル
西尾さんは現在、収穫した全てのナスを農協へ出荷している。農協出荷のメリットは、全量買い取ってもらえることに加えて、仕分け作業や袋詰めの作業が不要になることだ。
「売上高を重視すれば、契約栽培や直売といった販路もあります。でも、毎朝収穫して、そのあとに袋詰めの作業までしていたら、自分の時間も体力もなくなってしまう。今後何十年も農業を続けていくためにも、プライベートも充実させ、楽しく生きていきたい。だからこそ、自分の人生の幸福度を考えた時、仕事もそれ以外の時間も両方充実させることが大切だと考えています」
定植や収穫などの繁忙期には10時間を超えてナスに向き合うこともあるが、午前中に収穫を終わらせて、午後から自由時間を楽しむ時期もある。その時間で、車で遠出をしたり、仲間たちと自由に過ごしたりして、ライフワークバランスをとる。充実したプライベート時間を過ごすことで、また農業に打ち込むことができるという。
「農業を始めてから、時間的にも精神的にも自由になったように感じます。農作業の省力化・自動化が進んだからこそではありますが、自分に向いている仕事をしていることで心に余裕もできました。サラリーマン時代と違って、拘束時間も自分で判断できるし、自分の責任の中で考えて、試して、それが実績に現れたときには、とてもやりがいを感じます。私にとって農業は、やっと出会えた、自分が楽しめる仕事。プライベートも充実させて、バランスを取りながら、これからもナス栽培に向き合っていきたいと思います」
「まずは今年建てたばかりのハウスで、目標の収量と売り上げを出したい」と西尾さん。つらく厳しい古くからの農業イメージを振り払い、これからも西尾さんらしく新しい農業のカタチを実現していく。
就農を考えている人へのメッセージ
ナスは、栽培技術がある程度確立されており、農協という販路もあるため、農家としてはスタートしやすい作物だと思います。
やはり一番不安なのは、資金のことですよね。まずは市町村の窓口に相談し、研修制度を利用するのがおすすめです。研修に参加して、給付金や支援制度をどう利用していくか検討することをおすすめします。近所に農家のネットワークができるという点でも、研修は重要です。私も就農後、病害虫や苗が萎れるなどで困った時に、研修先の先輩方に相談できて助かりました。
「案ずるより産むが易し!」。 農業は案外やってみたら何とかなるというところがあると思いますよ。